4 天野 宇宙 ③

 その日の夜、ぼくはしせつがていでんしたのを見計らって、咲ちゃんの部屋の前に来た。部屋はかぎがかかっていたけど、持ってきた大きなバールの先たんをドアとかべのすきまにさし込み、全体重をあずけて、てこの原理でこじ開ける。バールを使えば、非力なぼくでもできる。


 部屋にしのび込む。部屋はカーテンが開いていて、真っ黒な夜空に、だいだい色の十三夜月が浮いていて、なんだか世界に穴が空いたみたいだった。せっかくなら満月が良かった。だけど、欠けてる方が、こんなぼくにはお似合いかも。


 ぼくは部屋の入り口に少し細工をしてから、ベッドに向かう。咲ちゃんは上を向いて、静かにねいきを立てていた。

 ベッドサイドには、咲ちゃんが食べ残したおかゆのお皿が残っていた。しょくいんさんが取り忘れたみたいだ。ぼくはスプーンを手に取り、咲ちゃんの食べ残しを、口に含んだ。


 心臓がどきどきして、それから舌がピリッとした。


 ぼくは咲ちゃんの首筋に手を当てる。弱々しく脈が打っているのが伝わった。


 コンコン。


 その時、部屋のドアがノックされる。

「咲さん、ご無事ですか?」


 ぼくは代わりに返事をする。おどけて、咲ちゃんの声真似で甲高い声を出す。


「無事ですよ。今は、まだ」

「こ、こすもさん? 入りますよ!」


 スライドドアが開く。ドアに仕掛けたワイヤーが引っ張られ、冷ぞうこの上に置いていたテレビが落ちる。テレビはドアの上部にもう一つのワイヤーでくくりつけられていて、ターザンのようりょうで宙をまい、スライドドアを開けたしょくいんさんに命中。吹っ飛ばす。


 ぼくがやったことは、元からあったテレビとドアをワイヤーでしばっただけだ。力がなくともできる。

 非力で、ゲームみたいな銃もない。だから、知恵でたたかうことにしたのだ。


「ぐぇ」


 吹き飛ばされて倒れるろうかのあしもとには、割れたまどガラスのえいりな破片をばらまいている。ていでんではそうじもできまい。後頭部から背中にかけて、破片が突き刺さる。


 ぜっきょう。のたうち回り、それが余計にガラス片を食い込ませる。血と涙のにじんだしょくいんさんの目は、ぼくのことを見上げていた。

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