4 天野 宇宙 ②

「うん、楽しいよ! 咲ちゃんもやる?」

「わたしはいい。むずかしくて」

「人を殺すの、楽しいのに」


 ぼくは人を殺す楽しさをねつべんした。特にゲリラ戦が好きだった。何日間もどろ水をすすって野山に身をかくし、てき軍をほんろうする。待ちわびたてきえいがあらわれた時のこうふんと言ったら……最高さ!


「いやだ。こすもくん、なんだかこわい」

 咲ちゃんのさげすむような目に、ぼくはむねがぎゅっとしめつけられる。

「そんな! な、なんでよ!」


 ぼくは咲ちゃんにつめより、車いすにしがみつく。ちょうどそこに、しょくいんさんがやってくる。


「咲さん、こんなところにいたんですね。部屋に戻りますよ……ほら、こすもさんはどいてください」


 しょくいんさんは、咲ちゃんをかばうように間に割って入り、ぼくのことを突き飛ばす。ぼくはしりもちをつく。

 ぼくの歳では、とてもしょくいんさんの力には敵わない。しょくいんさんにおされれば、すぐたおれてしまう。

 とくにぼくは、同年代の中でも非力だ。せいぜい、はしや筆記用具、コントローラーをにぎれるくらいだ。しょくいんさんのような、はたらき盛りの二十代とは、正面からたたかっても勝ち目はない。

 心配そうにぼくを見下ろす咲ちゃんを連れて、しょくいんさんは部屋を出る。その直前、ぼくをにらむ。その目はいかくするような、するどいものだった。


「いいですか、こすもさん。咲さんに変なことはしないでくださいね」


 しょくいんさんはみな、咲ちゃんをていちょうにあつかっていた。それもそのはず。咲ちゃんのご家族はもともと、このしせつの理事長だったのだ。

 だけど、ご家族は不幸な事故で亡くなり、一人残された咲ちゃんもこのしせつに入ることになる。その時、ばくだいないさんも咲ちゃんに相続されているそうだ。うわさでは、咲ちゃんはそのいさんをすべて、このしせつに寄付するというゆいごんを残しているらしい。せいじんくんしとはまさに咲ちゃんを表すためにある言葉だ。


 ぼくは想像する。くしゃくしゃに笑う咲ちゃんの顔。その笑顔にぼくは、黒光りする銃口を向けて、弾丸を発射する。はじけて、ぐちゃぐちゃに汚れる咲ちゃんの顔は、どんなにすてきだろうか。


 九八五人。

 きおく力のないぼくでも、殺した数だけは絶対にわすれない。でも、そろそろこのゲームで数を増やすのも、あきてきちゃった。四〇〇人は我慢したんだし、もう充分だ。やっぱり、生身の人間でカウンターを増やさなきゃね。


 次のターゲットは決まっていた。


 ぼくは咲ちゃんの顔を思い出す。ぼくが殺そうとしたら、彼女はどんな顔をしてくれるかな。

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