3 白鳥 美礼 ①

 ――――生きるために、身体を売った。


 母子家庭だった。お母さんと、妹と、わたしの三人家族だ。父親は妹が生まれてすぐ、病気で死んだらしい。

 父親の顔はわたしも覚えてない。妹とは二歳差だから、物心もついていなかった。

 お母さんはいい人だった。あの男が現れるまでは。


「新しいお父さん、連れてきていい?」


 その日のお母さんはいつになく上機嫌で、普段絶対に買わないコンビニのお寿司を買って帰ってきた。

 当時六歳だった妹は、お母さんが上機嫌なのを見て、訳も分からず喜んでいた。


「おとうさん、ほしい!」

「ありがとう、美鈴。美礼はどう?」


 わたしは正直、要らなかった。貧しくてもその時の暮らしに満足していたし、何よりその男がどんな人か、不安だった。

 そんなわたしの表情を読み取ったのか、お母さんは優しい声色で諭してきた。


「お母さんが選んだ人だから、安心して」

「……うん、わかった」


 お母さんはパッと喜色満面でわたしたちをまとめて抱きしめた。


「ありがとう、美礼、美鈴。あなたたちは私の自慢の子供たちよ」


 それから、しばらくして、男が家に来るようになった。薄汚い格好をした、無精ひげの男だった。妹は気が付かなかったが、男が妹を見る目は、どこか気持ち悪かった。

 妹はわたしより、ずっと可愛かった。子供の自分でもはっきりとわかるくらい、母親に似た綺麗な目鼻立ちをしていた。一方のわたしは、おそらく病死した父親に似たのだろう。可愛いとはとても言えない顔立ちだった。


「美鈴ちゃんはかわいいなあ。どれ、こっちにおいで」


 男は、美鈴を頻繁に触ろうとしていた。母親は男のそんな下卑た視線に気が付きながらも、何も言わなかった。だから、わたしが間に入るしかなかった。


「ダメよ、みれい。こっちに来て」


 すると、男は決まってごみを見るような目で、こちらを見てきた。


「なんだよ、てめえ。気色悪いんだよ」


 そのたびに、わたしは殴られるようになった。お母さんは何も言わなかった。

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