3 白鳥 美礼 ②

 そのうち、男がお母さんにお金をせびるようになった。それでお母さんはパートを増やし、今まで以上に働き続けるようになった。最初は優しかったお母さんも、仕事のストレスをわたしと美鈴にぶつけるようになった。


「私疲れてるの!」

「ねえ、なんでそんなこともできないの!」

「こんなんじゃあの人にまた怒られるじゃない!」


 男と交際し始めた頃は、男が来るとお母さんは決まってわたしにお小遣いを渡し、美鈴と外で遊んでくるように言っていた。それが、お金の余裕がなくなり、次第に怒声とともに家から追い出されるようになった。やがて、それもなくなり、お母さんは私たちの前で男とセックスをするようになる。


 狭いワンルームに、お母さんの嬌声が響きわたる。行き場のないわたしと美鈴は、余った毛布で風呂場のドアを塞いで、男が帰るまで閉じこもっていた。


「ねえ、お母さんイジメられてるよ。助けてあげないの?」

「ごめんね、みれい……ごめん……っ」


 それからしばらく、お母さんは病気になり、働きに行けなくなる。それでも、男とのセックスはやめなかった。ある日、学校から帰ってきた時に男とお母さんの行為を見てしまった。その時のお母さんはやせ細っていて、顔もやつれ、おばあちゃんみたいに見えた。


 ――――わたしの知っているお母さんは死んだんだな。


 そんな母から男の矛先がこちらに向くのは時間の問題だった。


「おい、美鈴に体を売らせろ」


 母は何も言わなかった。ただ、虚ろな目をして横たわっているだけだった。


「俺が味見してやるよ」

「やだ! やめて」

「おら、おとなしく脱げ!」


 泣きじゃくる美鈴と、獣のような目をしている男の間に、わたしは割り込む。


「……やめろよ!」


 男の拳が飛んでくる。壁に頭を打ち付ける。


「じゃあなんだ? てめえが稼げんのかよ! 金持ってこれるのか? あ?」


 男が立て続けにわたしを殴り続ける。口の中に血の味が広がる。鼻の中にも血があふれて息ができなくなる。突っ伏しながら口の中の血を吐き出して、なんとか呼吸を整える。


「……たしが……から」

「あ? なんだって?」

「わたしが代わりに、身体を売るからっ……」


 だから、美鈴には手を出さないで!


 わたしの態度に鬼気迫るものを感じたのか、男は簡単に引き下がった。


「ふん……案外、物好きなやつが買うかもな」


 それからは、これ以上にない地獄だった。

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