2 北大路 義雄 ④
夕暮れの山。血のような橙に染まる森の中で、男は尻もちをついて、助けを乞うていた。
「くそっ……! なんなんだよ、お前!」
男は頭から血を被って真っ赤になっていた。彼の血ではない。僕の罠にかかって、鹿の血を浴びたのだ。目つぶしをされ、僕の姿は見えていない。罠も老人から教わった。
「何をしに、山に入るんだ?」
僕の声を聞き、血まみれの男の顔は驚愕に歪む。優に二回りは年齢が上だと気が付いたのだろう。
「まさか、お前なんかに……仲間が……っ!」
「彼らのことかい?」
僕は人間二人の頭部を彼の足元に転がす。一人は罠にかかったところを猟銃で。もう一人はわざわざあちらから、僕に油断して近付いてきたところを撃ち殺した。
「ひっ」
なんとか血を拭って視界を取り戻した彼は、不幸にも仲間の死相を見てしまったようだ。矢庭に体を起こし、脱兎のごとく山に深入りしていく。
僕は一息つく。うまく誘導できたみたいだ。
絶叫。
やがて、人間のものとは思えない雄叫びが山にこだまする。僕はしばらく時間をおいてから、慎重に声のした方に歩みを進める。
あんなに血のにおいをさせて彼らのテリトリーに踏み込むなんて、自殺行為だった。
果たして、木々の奥に、ひしゃげた頭部と胸部が残されていた。腹から下は巣に持って行かれたのだろう。ヒグマの習性だ。腕は一本なく、もう一本は拉げて丸まっていた。
「……っ、……」
「……驚いた。まだ生きてる」
頭蓋がぱっくり割かれた男の頭は目を見開いて、虚ろな目でこちらを見ていた。それが何を考えているか、瞬時に察する。
「駄目だ。とどめはささない」
僕はその場を後にする。遠くで鹿がこちらを見ているのが分かった。彼らも血のにおいを嗅ぎつけて、おこぼれを預かりに来たのだ。生きたまま獣に齧られるのは、どんな気分だろうか。
山で狼藉を働いた者の量刑は、山に任せることにしよう。
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