2 北大路 義雄 ①

 ――――ばあさんが死んで、一人になった。


 ばあさんとは人生の大半を一緒に過ごしてきた。他に身寄りはもうない。こんな僕と一緒に居てくれるのはばあさんくらいだった。年甲斐もなく気丈な女性だった。


 ――――義雄さん、あんたは幸せになりな。


 しわくちゃの顔でそう言って、息を引き取った。覚悟はしていた。いつかは一人になる。僕もいつかは後を追うだろう。だが、ばあさんのいない残りの人生は、僕にとってあまりにも長い。

 昼間、軒先に腰をかけ、日本茶をすする。いつもお茶請けを用意してくれた人は、もういない。空っぽの犬小屋に目を遣る。愛犬も二年前に天に召された。


 僕はこれから一体、どうすればいいのだろうか。


 老後まで嗜もうなんて思える趣味はない。同年代の人間も周りから消えていった。僕がこんな人間なのもあるだろう。内気な性格で馴染めず、孤立していった。

 塀の上から覗く、美しい連峰の稜線を見やる。山頂はわずかに雪化粧を身にまとい、人間の侵入を拒んでいるようにすら見える。それが、内気な自分と重なる部分もあった。


 そういえば昔、祖父と親しかった近所の老人が、夏休みに僕を山に連れ、猟銃の扱い方を教えてくれたことがあった。目を輝かせる当時の僕に、彼はこっそりと教えてくれたのだ。無論、猟銃を扱うのには免許が必要だし、子供が扱うなんてもってのほかだ。だが、彼は何も言わず、ただ淡々と使い方を僕に叩き込んだ。名前も知らない老人だった。

 老人は銃の扱いがうまかった。忍び猟を好み、僕と野山に伏せっては、鹿や猪を撃ち、のたうち回るところをナイフで仕留めていた。一方の僕は弾を撃つことすら覚束ず、ナイフで仕留めるなんてとてもできなかった。


――――「そんなんじゃだめだ、貸しなさい」


 及び腰の僕に、老人はいつもそう言ってお手本を見せてくれた。僕もあんな風になりたかった。

 その時ふと、今やってみればいいじゃないかと思った。始めるのに年齢は関係ない。

 裏の倉庫に向かう。老人が引っ越す時に譲り受けた猟銃のメンテナンスは欠かしていなかった。弾も問題ない。僕は最低限の荷物をまとめて、家を後にした。年不相応に、猟銃を撃つことにワクワクしていたのだ。


 ばあさん、僕は幸せになるよ。

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