1 獅子倉 大我 ⑦

 遠ざかっていく足音が聞こえる。どうやら交渉は諦めて去っていったらしい。俺は覗き穴から足音の方を見る。ほとんど姿を認められなかったが、湾曲した廊下の奥に消える一瞬、スーツの背広が一瞬見えた。

 モニターの写真を思い出す。サラリーマン風の男がいたはずだ。奴だろう。


 サラリーマン風の男の赤丸が、自室らしき小部屋で止まる。俺の巡回の番だ。

 俺は部屋を出ると、念のためカードキーで扉を施錠する。

 これも仮面野郎が説明したことだ。部屋ごとに個別のカードキーがあり、それぞれ参加者に配られている。この部屋はセーフゾーンということだろう。各参加者のカードキーは外側から錠を開閉する際にだけ必要で、内側からはカードキーなしで開閉できるらしい。俺のカードキーには部屋を示すらしい『A』の文字が印字されていた。


 廊下も部屋と同様にコンクリートむき出しの一面灰色だった。

 見取り図を思い出す。廊下は「Ω」字状になっていた。真ん中の広間を覆うように周囲に廊下が走っており、廊下の外側へ向かって突起物のように小部屋が五つ、放射状に配置されていた。俺の個室は廊下の北端に近い場所に位置している。廊下の北端へ行くとそこは玄関らしき大扉があるものの、押しても引いてもビクともしなかった。殺し合いが終われば開くのだろう。


 ここは諦めて、廊下の北端から南端へ向かって歩く。廊下の壁はところどころ凹んでおり、そこに花瓶が置かれていた。それぞれ赤や緑の薔薇の花が挿されている。緑の薔薇なんてものがあるのか。

 ただ、花瓶によって赤い薔薇だけだったり、赤い薔薇の中に一輪だけ緑の薔薇があったり、その逆があったりと色の比率は滅茶苦茶だ。あの仮面野郎の仕業だろうか。随分とガサツな性格に見える。

 廊下の南端は行き止まりになっていた。目線の高さには同じく花瓶を置くスペースがあり、そこには赤と緑の薔薇が二輪、挿されている。花瓶の足元には赤と緑の花びらが一枚ずつ落ちていた。他にはなにもない。


 続いて、廊下の中央の扉から、広間に出る。天井は三階分の吹き抜けになっており、大きなシャンデリアが見下ろしている。その下には高級ホテルのようなテーブルが一つと、革造りの椅子が五脚置かれていた。ただし、テーブルの脚は固定されており動かせず、椅子も鎖でテーブルに繋がれており、一定以上動かせないようになっていた。武器にされないための配慮か。

 廊下を含め、他に武器になるようなものはなく、極めて物のない建物だ。配った武器以外使わせたくないらしい。


 俺は考える。どうやって他のやつをぶち殺せばいいだろうか?


 ゲームの開始が刻一刻と迫っていた。

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