第3話 目覚め―3
ぐらぐら揺れる
揺れが少しく落ち着いた時、ヨーゼフが立ち上がった。上着のポケットから、先端にルビーの象嵌されたダークブラウンの
「覚めよ、我が魔杖シュラーク!汝が
シュラークの紅玉が鮮やかに煌めいたと思いきや、魔杖は純白の光輝を放った。清らな
「衝撃から守るための防御魔法、怪我や建物の損傷を治すための治癒魔法を同時に使いました。これで地震の余波が来ても耐えられる筈です」
ヨーゼフの横顔は、清楚でありながら凛とした白薔薇に似ている。ラインハルトは安堵の吐息をつき、
「ありがとう、ヨーゼフ。びっくりしたし怖かったけれど、ヨーゼフのおかげで安心した。やっぱりヨーゼフの魔術はすごいな」
「……ボクもほっとしました。ありがとうございます、ヨーゼフ様」
ヨーゼフの表情が和らぎかけ―――凍り付いた。闇色の双眸が見据えるものは泥濘んだ地面だ。いや違う。
「……なんだ、あれ……?」
ラインハルトの声はかすれていた。手のひらに気味の悪い汗がじっとりと滲む。―――揺れは収まっている。そうじゃなかったとしても、泥濘はあんなにぐねぐね動いたりしない。光を放つ玉が、泥濘に幾つも埋め込まれているわけがない。
「……あの赤いものは目……。黒い魔物……?」
泥濘から立ち現れつつある漆黒の異形たちに向かい、ラインハルトは呆然と呟いていた。窪んだ――髑髏を思わせるほど深く――眼窩に赤く禍々しい目を光らせ、骸骨に似た輪郭の腕を何本も突き出している。艶の失せたザンバラの髪を埃っぽい風になびかせ、骨ばった首の前後左右に頭を幾つも連ねている。奇妙に長い腕と鉤爪を不穏に揺らしている。異様な出で立ちの漆黒の魔物、魔物、魔物だ。
「どうやらそのようです、ライニ。しかし地震に慣れたと思った矢先に魔物ですか。白い竜だか黒い竜だか知りませんが、
ヨーゼフは持ち前の皮肉な様子で言ったが、闇色の目は全く笑っていない。
魔術師の言葉が何かの合図であったかのように、黒い泥濘の魔物たちは人間には不可能な大きさで口を開けた。そのまま煮えたぎる
左腕でぽこをしっかりと抱き、ラインハルトは右の手のひらを魔物たちに向けた。手のひらが紅蓮の炎をまとう。
「ライニ、治癒魔法です!治癒魔法を使ってください、この魔物たちに!」
ヨーゼフの鋭い声が響いた。魔杖シュラークは既に、
「滅せよ、シュラーク!」
ヨーゼフの凛然たる声が、曇天と澱んだ空気を引き裂く。魔杖の紅玉とラインハルトの手のひらが、純白の光芒を魔物に放つ。
「………!」
ラインハルトが空色の目を見張った。治癒魔法の白光に呑まれ、漆黒の魔物たちは消えた。禍々しい赤い目、異様な長さの腕と鉤爪、髑髏や骸骨に似た、死を連想させる魔物たちは。
汚濁の悪夢のようだと吐息をつきかけ、―――ラインハルトの頬が強張った。石塀に穿たれた幾つもの穴は、漆黒の魔物たちの存在がうつつであったことを冷ややかに
だがともあれ魔物は消えたのだと、ラインハルトは額の汗を拭った。落ち着きが戻るにつれ、師ヨーゼフの判断への驚嘆が募る。ラインハルトは魔杖をポケットに仕舞うヨーゼフを見やり、
「ヨーゼフ。治癒魔法で黒い魔物たちが消えたのはどうしてなんだ?怪我や損傷を癒す魔法なのに。ヨーゼフの判断はすごいって思うし、おかげですごく助かったけど」
「魔物たちがまとう憎悪と怨嗟の凄まじさには気付いたでしょう、ライニ」
ヨーゼフの口ぶりには常の物憂さが戻っている。ラインハルトは頷き、
「うん、気付いた。それから禍々しさ、穢れ、死の気配を強く感じた」
「さすがですね、ライニ。わたしも同じことを感じていたんです」
ヨーゼフは皮肉らしくなく言い、ラインハルトを見つめた。
「あの負の激情は呪詛に似ています。いいえ、強烈な呪詛をこの世に放っていたと言って良いか知れません。そして死の穢れも共に。ですから治癒魔法―――呪詛や
「そうだったのか……。私もヨーゼフみたいな知識、判断力を身につけたいなってすごく思う」
ヨーゼフはふふと笑い、愛弟子の明るい金髪を撫でた。
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