第2話 学級役員決め

 さて、昨日はあの後ショックでしばらく立ち上がれなかった。ぼっちの僕に待ってくれる人などいないから、教室で一人ポツンと座っている時間のなんと寂しかったことか。


 それにしてもだ、一体どういうことなのだろうか? なぜ神崎さんの好感度が90になっていたのだろう?

 神崎さんとは中学校も違うし、接点などはないはずだ。まさか、あの自己紹介で僕のことを気に入ったとは思えない。


 ひょっとして、僕の好感度メーターが誤作動を起こしたのか? 今まで50以上の数字を見たことがなかったから、かってに100が最高だと思っていたけど、実は1000が最高だったとか? それなら10も90も誤差の範囲内だ。


 とまあ考えてはみたものの、自分の能力ながら確かめる術はない。

 それに、神崎さんの好感度が仮に高かったとしても、僕にはどうすることもできない。彼女に話しかけたが最後、僕はあのクラス全員の好感度が劇的に下がるはめになるだろう。そんなリスクは侵せない。


 それよりも今は香月さんだ。彼女からの好感度を何とかして上げてみたい。その為にどうすればいいのか考えるのだ。


 そのためにはまずは彼女のことを知らなければならない。幸いなことに僕の趣味は人間観察だからな。彼女の行動を見るだけで何となくわかることもある。


 だが、同時に僕は陰キャでコミュ障なのだ。他人から情報を得るということを極端に苦手としている。できれば、彼女の中学校自体の同級生なんかから話が聞ければいいんだけど……絶対に無理だな。


 とりあえず、今日一日は彼女を観察してみることにするか。



 〆〆〆



 みんなと登校時間が被るのが嫌な僕は、いつも早めに教室に入る。そして、自分の席で勉強をする振りをしながら、他の人の会話に耳を傾け情報収集するのが日課となっている。

 この情報を駆使して、好感度が下がらないように行動しているのだ。


 ガラッとドアを開け教室に入る。朝のホームルーム開始30分前だから、誰もいないと思っていたらすぐ目の前の席に、香月花恋が座っていた。


「お、お、おはよう、香月さん」


「…………」


 反射的に気持ち悪い挨拶をしてしまった。しかも、香月さんは読んでいる本から目を離すことなく、僕に返事を返すこともしない。もちろん頭の数字も0のままだ。


 僕はカバンをロッカーにおいて、香月さんの後ろに座る。まずは彼女の容姿を観察しよう。


 髪は黒でショートカット。結構ボサボサなところを見ると、あまり手入れはされていないようだ。毛先が揃ってないから、もしかしたら自分で切ってるのかも。

 身長は低く、小柄で華奢な体型だ。そのくせ胸は結構……ごほん、これじゃただの変態だ。

 眼鏡をかけていつも俯いていたから気づかなかったけど、顔は結構かわいいかも?

 肌の色も神崎さんほどじゃないけど、ほどよく白い。あ、指がめっちゃ綺麗かも。目つきはきついが、それは意識してきつくしている節がある。

 何だろう。こんな性格じゃなかったら、その手の趣味を持つ人達から人気が出そうなポテンシャルを秘めてるな。


 僕が教科書とノートを開いて勉強している振りをしながら香月さんを観察していると、一人また一人と教室に人が入ってきた。そうなると、香月さんをじろじろ見ているわけにはいかなくなる。僕は人間観察を止めて、みんなの会話に耳を傾けるのであった。



「おはようございます! みなさん、今日も元気に張り切っていきましょう!」


 朝のホームルームでは、担任の一ノ瀬先生が相変わらず元気に挨拶をしている。うん、陰気な先生よりはいいか。


「さて、今日は何と学級役員を決めちゃいます! 先生は全部立候補で決めたいと思ってるからね! みんな、じゃんじゃん立候補してよ!」


 ああ、入学式の次の日にやるイベント堂々の1位、学級役員決めの時間が来てしまった。


 陰キャの僕はよく面倒な委員を押しつけられてきた。ここで、その失態を繰り返さないためにも、僕は石にならなければならない。

 ちょっとでもみんなに存在が気づかれたら、あれよあれよという間に面倒な役員をやる羽目になってしまうのだ。


 しかもだ。この学校、この多様性の時代に逆行するかのように、委員は男女各一名なんていうルールまである。

 さらにさらに、ここには、今時小学校でも見たことのない『飼育委員』なるものが存在している。こんなもの、最近やってた昭和にタイムスリップするドラマでしか見たことないぞ。


 僕は息をフーッと吐くと俯いて気配を消した。これから僕はこの時間が終わるまで石となる。そして、何の委員会にも当たらないように乗り切ってみせるのだ。


 開始十分。クラスのカースト制度上位候補生達が立候補し、学級代表や体育委員、放送委員などの人気職を中心に半分ほどの役職が埋まった。そして、今日一番の山場を迎える。


「先生、私、図書委員に立候補します」


 二枠空いていた図書委員に、クラスNo.1美少女の神崎優女が立候補したのだ。


 途端に色めき立つ男子共。すでに役職が決まった者は頭を抱え、まだの者はお互い顔を合わせ、いつ立候補するか牽制し合っている。

 いいぞ、この雰囲気は僕の存在を更に薄くしてくれる。もう誰も僕なんかのことを気にしていない。このままの流れで全ての役職が決まってくれ。


 一人の男子生徒が意を決したように立候補したのを皮切りに、ほとんどの男子が図書委員へと希望を出した。

 女子達は呆れたような顔をしつつも、このレースの行方に興味津々みたいだし、男子連中はなりふり構わず自分が図書委員に相応しいとアピールし始めた。

 いや、野球部入部希望の佐竹よ。お前は自己紹介で本は苦手って言ってただろう!


 結局、収集がつかなくなったので担任の一ノ瀬先生がくじを作り、希望者全員で引くことになった。

 昼食時の忘れた人用に用意してあった割り箸の一本に、マジックで赤い印をつける一ノ瀬先生。あの赤い印がついた割り箸を引いた者が、半年間、神崎さんと一緒に図書委員を務めることができるのだ。


 くじを引く順番は出席番号順だ。興奮している男子連中とは対照的に、当の神崎さんは興味なさげに本を読んでいる。


 まずは出席番号1番の青木がくじを引いた。一発目で当ててやると豪語していたが、結果ははずれ。がっかりした青木は自分の席で崩れ落ちる。


 その後も順番にくじを引き、野球部入部希望の佐竹が見事当たりを引き当てたところで、興奮が最高潮へと達した。いや、だからお前本読まないだろうに。


 さて、この大イベントの後は立候補に抵抗がなくなったのか、男子の立候補者が増え、一つの役員を除いて全て決定した。それに釣られるように女子の立候補も出始め、最終的には一つの役職を残して全て決まった。


「えーと、後は飼育委員の男女が残ってるわけですが、誰かやってくれる人はいませんか?」


 うむ、この展開はまずい。もう役職が決まったヤツらは暇を持て余しだしている。この場に、早く決まればいいのにという雰囲気が充満しつつある。そうなると、ヤツらはまだ決まっていない人達を確認し始めるのだ。

 せっかくここまで気配を消して目立つことのなかった僕だが、強制的に土俵の上に上げられてしまうのだ。そうなると僕は弱い。強く言われると断れないのだ。頼む、誰か立候補してくれ。


 そんな僕の祈りも虚しく、みんなの雰囲気を察した一ノ瀬先生が、まだ役職にわり当たっていない全員のマグネットプレートを黒板に貼りだした。もちろん、その中には早乙女のネームプレートもしっかりと入っている。


 今までの経験上、僕の名前が呼ばれる可能性は限りなく高い。残念ながら僕は仕事を押しつけやすい人間のようだから。

 だが、今回ばかりは違った。僕より先に名前を挙げられた人物がいたのだ。


「せんせー、あたし香月さんがいいとおもいまーす」


 頭の悪そうな女子が香月の名前を挙げたのだ。だが先生は最初にできるだけ立候補で決めたいと言っていた。いくら時間ぎりぎりとはいえ、そんな適当な推薦で決めるとは思えない。


「えっと、先生はできるだけ立候補で……」

「私やってもいいですよ」


 ほらね……えっ!? 何で?


 何と、先生は立候補にしようとしていたのに、それを遮って香月は自ら飼育委員に立候補したのだ。これには教室も一瞬静まりかえった。推薦した本人もまさかこんなに簡単に引き受けると思っていなかったのか、口をぱくぱくさせている。


「あれ? 香月さん? ほんとにいいのかな?」


 一ノ瀬先生も信じられなかったようで、香月さんに確認するが……


「はい、生き物は好きなので」


 それだけ言うと、香月はまた本の続きを読み始めた。


 残すは飼育委員の男子のみ。ここで、明らかに先生の顔色が悪くなる。ただでさえ人気のない飼育委員の片割れが、自己紹介で自分に関わるなと宣言した女子生徒に決まったからだ。


 絶対に立候補では出てくるはずがない。そう思ったに違いない。現に教室には重苦しい雰囲気が立ち込め、先ほど何の考えもなしに推薦したおバカ女子ですら黙りこくっている。


 誰もが立候補をためらっている雰囲気の中、僕だけは全く違うことを考えていた。


(あれ? これ僕が立候補したら、香月さんと合法的にお話できるんじゃね?)


 もちろん、香月さんとしゃべってはいけないという法律はないが、同じ委員会に入れば必然的に会話しなければならない場面も出てくるだろう。

 観察だけじゃ情報収集には限界があるし、他の人に聞く勇気もない。だけど、本人と会話をする機会があれば、その悩みも解消されるのでは?


 そう思いついた僕は、気がつけば静かに手を上げていた。


「あ、あの、ぼ、僕、飼育委員やります」


 我ながら情けないくらい蚊の泣くような小さな声だったが、重苦しい雰囲気で誰もが黙っていたおかげで、先生の耳に届いたようだ。


「!? 早乙女君!? 立候補してくれるの!? 飼育委員やってくれるの!?」


 先生の興奮具合が半端ない。自ら立てた立候補で決めるというルールを、自ら破らなければならないと覚悟した直後の立候補だったからだろう。

 とにかく、先生は大喜びで香月の横に僕のネームプレートを貼り、満足げに頷いた。


 目の前の香月は特に何の反応も示さない。頭の上の数字も0のままだ。でも、今に見てろよ。頑張ってその数字を上げてやるからな!


 他の生徒達から拍手が起こる。これは自分がそこに入らなくてよかったという者達からの拍手と、これで早く帰れると喜んだ者達からの拍手だ。

 だが、僕が立候補したことによる効果が別のところにも現れていた。他の生徒達からの好感度が軒並み1上がっていたのだ。まあ、たった1だが下がるよりよっぽどいいだろう。

 そう思って、最後に目に入った神崎さんの頭の上の数字を見て、僕はまた大きなショックを受けた。


「89」


 なんで下がってるの!?

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