page13「バイク上での会話」


   〇


 ファミレスを出て大学まで戻ると、芽衣はそろそろ戻らなければならないと言い、美術部の部室へと向かって行った。愛流と陽子はバイクに乗り、現在走行中だ。乗る前にあごひもの付け方と外し方を教えてもらったことで、今度は自分の力でヘルメットを上手く被ることができた。

 さきほど大学に向かう道中で、通報したという大学生について芽衣から話を聞くことができた。

 通報者の名前は荒井切櫂入(あらいきりかいり)、十九歳。北東学園大学経営学部の一年生であり、芽衣や瀬里奈と同じ美術部に所属している。

 ――櫂入を、助けてあげてください。

 別れ際、芽衣が心から言ったであろう言葉が、陽子の耳に蘇る。その一言だけで、彼女がいかに櫂入のことを心配しているのかが伝わってきた。

 それにしても、と陽子は思う。今回の調査に関わっている人間が、偶然にもアルバイト先に通っていた。そこに不思議な縁を感じ、早く会って話を聞きたいという気持ちが強くなる。

しかしそのような心を、交通状況は反映してくれない。トラックが多く走っており、すり抜けができる隙間もあまりなく、渋滞に巻き込まれている状態だ。それでも愛流は、苛立ちを言葉に乗せて放ったりはしなかった。

「――さっきは、すみませんでした」

 ヘルメットに内蔵されたインカム越しに、陽子は謝罪の言葉を述べた。愛流は顔の左半分だけを見せるような形で振り返ると〈何が?〉と首を傾げて問いかけてくる。

「ほら、芽衣さんの話を聞いている時。私、年下で探偵の経験もないのに反抗しちゃって」

 あの時は頭に血が上っていたが、冷静に振り返るとやばい状況だった。

 上司とも言える愛流に真っ向から意見し、さらには人の心がないのかとまで言った。そんな自分に、陽子自身も冷や冷やしてしまう。

 当然、愛流もそのことで怒っているだろうと、陽子は思っていた。そしてインカムのスピーカーから、呆れたと言わんばかりのため息が聞こえてくる。

 ――やはりそうか。

 陽子は怒鳴られると思い、目をつぶった。しかし――

〈そういう理由で謝っているなら、それこそふざけんなって思うよ〉

 スピーカーから流れてきた愛流の言葉に、陽子は反応することができなかった。ゆっくりと目を開け、前のヘルメットをマジマジと見る。

 愛流の言っている意味がどういうことなのか、理解することができなかったのだ。

 やがて信号が青になる。前のトラックが進むと、陽子達を乗せたバイクはエンジンをふかし、走り出した。

「あの、すみません。それってどういう――」

〈俺さ、嫌いなんだよね。相手が年上だからとか、自分は経験がないからとか、そういう理由で自分の意見を言えない、もしくは封じられるのが。ハッキリ言って窮屈だよ〉

 愛流の言葉に、陽子はただ「はぁ」と生返事をするしかなかった。

〈確かに年齢や経験を重ねている方が物事を多く知っているし、それによって助けられる場合もある。けど、じゃあ年上だったら絶対に間違わないのか? 未経験な人間の言葉は何もかもが的外れなのか? 少なくとも俺は、違うと思う〉

 急にバイクのスピードが上がった。エンジンがより大きい唸り声を出す様は、まるで愛流の今の心そのものを表現しているかのようだ。

〈年齢が下だろうが、経験がなかろうが、その人には確かに今までの人生というものがあった。そしてその人から出た意見は、今まで自分が大切にしてきた人生から導き出したものなんだ。それをさ、こっちの方が歳が上だからとか、経験があるからという理由で安易に否定するのは、俺に言わせれば傲慢そのものだよ〉

 また前の信号が赤になった。バイクは白線の前でキレイに停まる。

〈だから芽衣ちゃんにあんな冷たい態度を取ったのは、陽子ちゃんの言った通り、俺が個人的に気に食わなかったから。陽子ちゃんが芽衣ちゃんを庇ったのは、陽子ちゃんの経験から彼女を責めることができず、むしろ寄り添いたいという優しい選択をしたからなんだ〉

 再び愛流が振り返る。ヘルメットのシールドから覗く目に、ファミレスにいた時のような冷たさはない。むしろ安心させようとする温かさがあるように思えた。

〈けどまぁ、確かに俺も辛辣だったかもしれないとは思うよ。それに関しては、ごめん〉

 愛流の赤いヘルメットが下を向いた。陽子は慌てて「いえ、そんな!」と動揺した言葉を放つ。

 しかし不思議と、陽子の心はバイクに乗る前よりも軽いものとなっていた。

 愛流の言う通り、年齢や、自分は探偵未経験者という立場を気にしていた。それゆえに、いくら芽衣を庇うためとはいえ、あのように真っ向から意見してしまったことを後悔していたのだ。

 だからこそ、愛流の言葉が嬉しかった。自分の方が年下でも、探偵をやったことがなくても、そんなことは関係ない。ちゃんと思ったことを言葉にしていいんだと、認められたような気がした。

「でも謝るなら、私より芽衣さんですよ」

〈そうなんだよねぇ、今度芽衣ちゃんに会った時はごめんって言っておかないと。あ、でも忘れちゃうかも。なんせ人の心がないからね〉

 おどけたように愛流が言った。陽子は顔が熱くなるのを感じる。

 ――やっぱり気にしてるんじゃない!

 陽子は「もう!」と言って愛流の肩を軽く叩いた。

 せっかく感心していたのに、これでは台無しだ。しかし不思議と、陽子の心には不快感が蘇ってくることはなかった。

 後ろからクラクションのけたたましい音が飛んでくる。気付けば信号が青になっていた。

〈おっといけねぇ〉

 言うが早いか、愛流はバイクを再び走らせた。

 ここでふと、陽子の頭に疑問が浮かぶ。

「そういえば、愛流さんって一体いくつなんですか?」

 勝手に年上だと思っていたが、よくよく考えれば愛流の年齢を聞いていない。さすがに同じ歳かそれよりも下ということはないだろうが、それでも確認しておきたかった。

〈俺? 永遠の二十歳〉

「痛いこと言わないでください」

 冗談ではなく、陽子は寒気を感じた。

〈二十二歳だよ〉

 つまらなさそうに、愛流はため息を吐いた。

「最初からそう言ってください」

〈俺としては、ミステリアスな方がカッコいいかなって思ったんだもん〉

 ヘルメットの中で、愛流が頬を膨らませている姿が想像できた。精神年齢が陽子より高いのか低いのか、わかったものではない。

 などというやり取りをしている間に、私生活に到着した。駐車スペースにバイクを停めるなり、愛流と陽子はヘルメットを脱ぎながら入り口へと向かい、ドアを開ける。


                                   (続)

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