page2「面接」
〇
「ダメだ、上手くいかない」
二十代の女性の間で流行っているクッションファンデーションのスポンジをテーブルの上に投げ捨て、伊勢陽子(いせようこ)は天井を見上げた。
三月に入ってもうすぐ一週間が過ぎようとしているのに、寒さは現在も続いている。暖房で暖かくなったリビングが、余計に陽子の苛立ちを増幅させた。
折りたたみ式の鏡に映った自分を改めて見る。鏡の中の陽子は、ボブに切りそろえた黒髪を揺らし、大きいと人からよく言われる目を瞬きさせている。そして、何より陽子が今は消したいと思っている部分が、薄っすらとだが写っていた。
左の眉尻にある傷痕だ。斜めにはしった細長い線が、いつもここに我が物顔で君臨している。今でこそファンデーションやコンシーラーを駆使して傷痕は見えにくくなっているが、今度は却って塗り過ぎてしまったらしく、その部分だけ不自然な色をしていた。
「いい加減諦めなさい。恨むなら傷痕を残すって選択した過去の自分を恨むことね」
キッチンで母の歩美(あゆみ)がドリップコーヒーにお湯を注ぎながら言った。コーヒー独特の重い香りが陽子の鼻腔を突く。いつもの好きな匂いだ。
陽子は我が母ながら、いつも若々しいと思っていた。外にはねたショートヘアは似合っており、丸っこい輪郭と顔のパーツ全体が小さいため、とても四十三歳には見えない。トーンの高い声も、与える印象を手助けしているのだろう。
「そんなこと言ったってさ」
「昔は傷痕あるなんてカッコいい! なんて言っちゃって。あの時、お母さんがどんな風に心配したか」
歩美がコーヒーのカップをテーブルに運びながらクドクドと言い始めた。どうやら愚痴のツボを突いてしまったのかもしれないと、陽子は内心ため息を吐く。
しかしこのように消そうとしているものの、陽子自身、この傷痕が普段から気になっているわけではなかった。むしろ自分の一部とでもいうべきか、愛着のようなものを持っている。
しかし今回に限っては、排除した方が良いかもしれない懸念だった。
今年の一月に高校の卒業式を迎え、現在は大学の入学式を待つ身だ。アルバイトを始めようと思い、スマートフォンのアプリを使いながら求人情報を見つけては応募している。しかし現在住んでいる七女市(ななめし)で五件の面接に挑むも、全て不合格を言い渡されていた。
これから六件目の面接が待ち構えている。そこで今までとは違う、何らかの変化を自分に与えた方がよいのではないかと思い、試しに傷痕を隠そうとしているのだ。
その他にも、陽子は入学式用に買ってもらったスーツを身に着けることにした。服装もキッチリした方がより相手に好印象を与えやすいのかもしれない。ブラウスにファンデーションがつかないよう気を付けながらメイクをするのには、中々神経を使った。
「お母さん、アルバイトの面接にスーツで行く人、初めて見るんだけど」
言いながら歩美はコーヒーを一口飲む。一言余計だとは思いつつも、陽子は聞き流すことにした。
「もう、これでいいや」
陽子は背もたれにかけていたジャケットを手に取ると、玄関に向かった。上がり框に置いていたレディースのビジネスバッグを持ち、玄関のドアを開ける。
「鍵は私がかけとくわね」
「お願い!」
見送りに来てくれた歩美に振り返りながらそう言い、陽子はコンクリートの上を歩き始めた。
普段はスニーカーを履くことが多いので、慣れないパンプスだといつもより歩くスピードが遅く感じられる。このことも計算に入れ、もう少し早く出た方がよかったかと思いつつ、陽子は腕時計に目をやった。
シリコンで周囲を覆われている時計の文字盤は、十三時十五分を指していた。駅へと歩きながら、危ないこととは思いつつもスマートフォンをカバンのポケットから取り出してロックを解除する。
地図アプリを起動し、改めて面接を受ける場所までの経路を確認した。
およそ十分後の電車に乗って三駅目の夢見市駅で降りる。そこからさらに十五分ほど歩く。面接の時間が十四時からなので、十分前には着くことが可能だろう。
陽子は足を止めることなく、歩行速度を維持したまま深呼吸をした。初めての面接というわけではないのに、いつも緊張する。
何より、次の面接先が夢見市であることがより緊張感を煽るのかもしれない。そう思った時、強い風が左から吹いてきた。陽子の髪を大きく揺らし、毛先が目にかかる。
――あっ、そういえばまだつけていなかった。
陽子はビジネスバッグのファスナーの引手を持ち、中を開けた。そこから白いマフラーを取りだすと、首元に巻く。
寒くはあるが、マフラーを巻かなければ厳しいというほどではない。しかし陽子は、いつでもこのマフラーを巻くのが好きだった。
先ほどまでの緊張が、嘘であったかのように心が落ち着く。
陽子は垂れ下がったマフラーの先端部分を手にした。そこには青い刺繍で「I.R.」と書かれていた。
電車も遅延することなく、陽子は無事に夢見市駅に到着した。
心なしか、七女市よりもやや駅前の建物が少なくなった気がする。
もちろん何もないわけではない。居酒屋が集中したビルやラーメン店、チェーン展開している牛丼屋やコンビニが周囲にはある。
陽子は再び地図アプリを起動し、ナビゲーションに沿って歩き出した。
目的の場所には、十五分で到着した。
陽子は「喫茶 私生活」と書かれた看板を見つめる。確かにここで間違いない。
店は駅へと真っ直ぐつながっている大通りにポツンと置かれたように建てられていた。そばには住宅街へと続く道路があり、店の裏側には車一台分は停められるであろう駐車スペースが存在した。ただし門が設置されているので、来客用でないことはわかる。また三階建てのレンガ調の外観には所々ヒビが入っているが、色褪せている様子はない。
しかし何よりも印象を際立たせている点は、店そのものというより、その場所だろう。
陽子は振り返り、道路を挟んで建っている夢見市警察署を見上げた。
四階建ての白いタイル張りの外観、特に三階や四階の周辺部分は黒墨があり、それを隠すように「交通安全」と書かれたパネルが貼られている。
警察署の前で営業している喫茶店。珍しいかどうかはわからないが、陽子はこの画が妙に面白いと感じながら、マフラーを外してカバンの中にしまい、木製のドアを引いた。
鈴の音と共に迎えられたその空間を陽子は見回す。
店内はやや暗めの照明で照らされており、優雅なピアノの音色が流れていた。入って右手には、二人掛けのテーブル席が二つ。右斜めの方向にはカウンターがあり、そこに一人用の席が四つ並んでいた。
そのカウンターの向かい側から、一人の男性がこちらに微笑みかけていた。
男の肌は浅黒く、堀が深い顔立ちだった。目尻や額にはシワが目立ち、オールバックにした髪の大半は白く染まっている。しかしその体つきは屈強で、どことなくプロレスラーを連想させた。口元には笑みを浮かべているのに、陽子はそのガタイの良さから、否応にも威圧感を覚えてしまう。
「こんにちは。今日バイトの面接で来た人だね」
男性の口から出たのは、朗らかな声だった。陽子は体を強張らせながら「そうです」と絞り出すように答える。
「さぁ、そこの席に座って。コーヒーは嫌いじゃないかい?」
男性が入り口に最も近いテーブル席を指さす。陽子は「はい」と男性の問いに答えながら、足元にビジネスバッグを下ろして席についた。
間もなく男性が銀のトレーにコーヒーカップを二つ乗せてやって来た。ソーサーを陽子の前に置く。
黒いスラックスと白いシャツ、そして黒いエプロンを身に着けている姿は、陽子が思い描いている喫茶店のマスターそのものだった。これで身に着けているものがエプロンではなく、蝶ネクタイと黒のベストだったらなお完璧だったろう。
「改めて、僕はここの喫茶店の店長をしている、天馬茂(てんましげる)と言います。どうぞよろしく」
茂が右手を差し出してきた。陽子はその手を握り返す。
たくましい手だった。父親はおろか、陽子の高校にいた体育教師でも、ここまでがっしりした人はいない。
「それにしても、珍しいね。アルバイトの面接にスーツで来るなんて」
「やっぱり、変ですかね」
照れたように言いながら、改めて陽子は自分の恰好を見た。
家を出る前は服装もキッチリしたし大丈夫だろうと、根拠のない自信が心の中にはあったが、いざ親以外の人物から指摘されると、やはり間違いだったのではないかと不安になってしまう。
茂は陽子のそのような心情を察したかのように「そんなことないよ」と優しい声音で励ました。
「じゃあ、さっそく履歴書を見せてもらえるかな。僕が読んでいる間、コーヒーを飲んでいてくれていいから。スティックシュガーやフレッシュミルクは、ソーサーに添えておいたけど、使うか使わないかは任せるよ」
陽子は履歴書を茂に渡すと、自分の気持ちを落ち着ける意味合いも込めて、コーヒーを一口すすった。
ブラックコーヒーは中学生の頃から好きだった。むしろ砂糖やミルクを入れると甘味と苦味が混じり合ってしまうのであまり好きではない。しかしせっかく用意してもらったのに使わないのは悪いような気がして、陽子は一度カップを置くとフレッシュミルクと袋から破った砂糖を黒い液体に入れた。
ティースプーンを使って混ぜると、黒々としていたコーヒーがたちまち茶色くなった。一口飲み、やはりあまり好きではない味だと再認識する。
「さて、さっそく面接に移らせてもらいたいんだけど、その前に一つ言っておきたいことがあるんだ」
茂が履歴書をテーブルの端に置き、陽子を見つめてきた。その目を見た時、陽子は吸い込む空気が重くなったように感じる。
先ほど茂が浮かべていた穏やかな笑みが消えていた。表情がなくなり、目には相手を射るような冷たさがある。
「アルバイトの面接ではあるけれど、僕は就職活動と同じような調子で君には話してほしいと思っている」
「え?」
あまりに想定外の言葉に、思わず陽子は声を漏らした。
「あの、どういうことですか?」
「言葉通りの意味だよ。もしも軽い気持ちのままやってもらって、お客様に失礼な態度があってはいけないからね。相手からすれば、正規の店員かアルバイトかなんて関係ないんだ。だからその点を意識して面接に挑んでくれ。それができないなら、今すぐ帰るんだ」
茂の言葉には心に圧し掛かってくるような重さがあった。焦りと何とも言えない恐怖が、心臓の動きを速くする。
――どうする? どう答えればいい?
呼吸が乱れるのを感じながら、まるで見たくないものから逃れるように陽子は目をつぶった。
ここで即興で就活生らしい動機を作りだし、それを言うか? しかし、それで上手くいくイメージがどうしても思い浮かばない。むしろ下手に薄っぺらいことを言い「どうしてそう思うのか?」などと突っ込まれれば、ボロが出て言葉に詰まるのは目に見えている。
――そうだ、飾る必要なんてない。ただ、本心を言えばいいんだ。
陽子は真っ暗な視界の中、深呼吸をする。二回、三回と繰り返した後、目を開き、茂の無表情な顔を見た。
「すみません。私、あなたが言う通り、軽い気持ちで来ていました」
茂が面食らったかのように目を見開いた。しかしその変化をどう受け取るべきか。それを考えられるほど、陽子の心には余裕がなかった。
ただ自分の言葉を口から出すのに、精いっぱいだ。
「喫茶店やカフェの店員さんがかっこいい、おしゃれだと思って、それでそういう店員さんになってみたいという憧れから面接に来ました。ですので、ごめんなさい」
言いながら陽子は足元のビジネスバッグを持ち、店を出るために立とうとする。その時、また鈴の音が店内に鳴り響いた。
スーツ姿の女性が、入り口のドアを開けて入ってくるところだった。
見た目から判断すると、おそらく二十代後半だと思われる。ふっくらとした頬とアーモンド型の目が特徴的で、髪は茶色のミディアムレイヤーに切り揃えられている。キレイというよりは、可愛らしい女性だ。
「ただいま――って、あれ? お客さん?」
女性が陽子と茂を見比べながら首を傾げる。
陽子は慌てて否定しようとした。しかし言葉が出るよりも早く、後ろから「違うよ」という茂の声が飛んできた。
「今度から新しくアルバイトに来てくれる子だ」
茂の言葉の意味が、一瞬陽子にはわからなかった。
脳が上手く処理できていない中、陽子は振り返る。先ほどまでの圧をかけるような無表情はなく、口元は歪んでいた。
「えっと、すみません。今、なんて言いました?」
まごつきながらも、陽子は訊ねた。茂は軽く頷き、ゆっくりと口を開く。
「君をアルバイトとして迎え入れたいと、そう言ったんだよ。つまり合格だ」
改めて聞いても、陽子は口を開くことしかできなかった。やがてその言葉の意味が体に浸透してきて、ようやく「えっ本当ですか?」と叫ぶ。
「何、どうしたの? まさか父さん、またからかうようなことしたんじゃないでしょうね」
突如現れた女性が、茂を睨みつける。茂はその視線から逃れるように、陽子に目をやった。
「さて、早速だけど、明日から働いてもらうことはできるかな?」
「明日ですか? ええ、大丈夫です」
陽子は突如入ってきた女性に再び目をやる。女性は茂の隣に立ち、この店の長を睨みつけていた。
「で、父さんはこの子に何をしたの?」
再び女性が質問する。観念したのか、茂が両手を上げた。
「質問する際、ちょっと圧力をかけたんだよ。アルバイトではなく、社会人になる気持ちで面接に挑んでくれって。そうすることで、この子がどんな反応を見せるのか、試したかったんだ」
悪びれた様子もなく、白い歯を見せて茂は女性に笑いかける。しかし女性は呆れたと言わんばかりのため息を吐き、肩をガックリと落とした。
茂の言葉を聞き、そういうことだったのかと陽子は納得する。しかし先ほどに感じた恐怖はまだ拭いきれておらず、今でも心臓の鼓動は鳴りやまない。
「せっかくバイトの面接に来てくれた可愛い女の子に、このおっさんは何をやってるんだか――本当にごめんなさい」
女性が心底申し訳なさそうに頭を下げてきた。陽子は「いえ、気にしていないんで大丈夫です」と慌てて首を振り、顔を上げるよう促す。
「あの、あなたは――」
「ああ、私は里奈(りな)。このお店の店長、つまりあなたを怖がらせた大人気ないおっさんの娘よ」
里奈と名乗った女性が、再び横目で茂を見やる。娘に睨まれた父親は、しかしどこ吹く風で「じゃあ、この履歴書は預かっておくね」と独り言のような調子で、陽子が渡した書類を再び手に持つ。
「私、伊勢陽子って言います」
「陽子ちゃんね。よろしく」
里奈が先ほどの茂と同じように、右手を差し出してきた。陽子はそれを握り返す。
当然と言えばそうなのだが、やはり茂と違い、里奈の手は柔らかかった。だからなのか、安心感が腹の底からこみ上げ、安堵のため息が漏れる。
「改めて、私の父さんがごめんなさいね。またいじめられたら遠慮なく言いなさい。何らかの罪にして、私が逮捕してあげるから」
握手を解いた後、里奈は自分の腕っぷしを見せるかのように、右の二の腕に反対の手を乗せた。しかし陽子は気になる言葉があり、首を傾げる。
「あの、逮捕って――」
「ああ、こう見えて刑事なの」
言いながら里奈は、スーツジャケットのポケットから黒い手帳を取り出し、陽子に見せる。表紙では警察のシンボルマークである朝日影が光り輝いていた。
その途端、陽子の心に緊張が舞い戻ってきた。
過去に罪を犯したというわけではない。ただ警察を前にすると、どうしても反射的に身構えてしまう。
その陽子の変化を感じ取ったのか、里奈は警察手帳をしまいながら「そんなに固くならないでよ」と軽く手を振る。
「別に陽子ちゃん、悪さしたってわけじゃないでしょ。それに私、当直明けで帰ってきたばっかりだし」
「あ、す、すみません――」
里奈の快活な笑顔を見て、陽子は頭を下げた。緊張が顔に出てしまったこともそうだが、警察というだけで構えてしまった自分を恥ずかしく思う。
「いいの。もう慣れっこよ」
言いながら里奈は陽子の肩に手を乗せた。
「けど陽子ちゃんの場合は、警察を前にすることに、もしかしたら慣れていくかもね」
「え?」
「ほら、この喫茶店は、警察署の前に建っているだろ? だから警官が、休みの時にここを利用することが多いんだよ」
里奈の代わりに、茂が窓から見える夢見市警察署を眺めながら答える。陽子は納得し、何度も首を縦に振った。
「休憩の他にも、父さんにアドバイスを求めて来たり、相談に来る刑事もいるわよね」
「え、何でですか?」
陽子は首を傾げた。里奈は白い歯を見せ、悪戯好きな子供のように笑う。
「もう定年で引退したけど、父さんは元刑事なの」
「そうなんですか!」
あまりの驚きに、陽子は大声を上げた。だが、納得できる部分もある。
ガタイの良さもそうだが、先ほどの圧をかけるような質問。相手を試す意図のあったあの態度は、思えばドラマに出てくるような取り調べにも通じそうな気がする。
「まぁ、四年前までの話だ。今は見ての通り、喫茶店を開いて余生を過ごす、ただの老人だよ」
茂が自分を見せるかのように両腕を開いた。しかしエプロンの上からでもわかる盛り上がった胸の筋肉を見ると、あまり説得力は感じられない。
ここで里奈が欠伸をした。目からこぼれた涙を拭う。
「というか、私は一回寝させてもらうわね。陽子ちゃん、いつか私にも、美味しいカフェオレを淹れてね」
そう言って里奈はカウンターの中に入り「STAFF ONLY」と書かれたドアの中へと消えていく。
陽子は里奈の姿が見えなくなるまでその背中を目で追っていたが、やがて茂が「さてと」と呟いたことで、視線を正面に戻す。
「じゃあ業務内容なんだけどね。基本的にはホールスタッフとして働いてもらおうと思うんだ。ただ従業員は僕しかいないから、もしも何らかの理由でキッチンから離れたりして料理を作れない時のため、君にもできるように教えていこうとは思っているけれど、問題はないかな?」
茂の問いかけに、陽子は頷いた。アルバイト用の求人情報に載っていた業務内容と一致する。
そういえばと思い出したことがあり、陽子は「あの」とおずおずと手を上げる。
「一つ質問いいですか?」
「ん? 何かな」
「求人情報に載っていた業務内容に『その他特別業務有』って書かれていたんですけど、これって何でしょう?」
アルバイトの求人アプリで私生活のページを見た時から、何となくだが疑問に思っていた。おそらく清掃なのだろうが、これに関して「別途特別手当付与」と書かれていたのがどうしても気になる。
しかし茂の反応は、あまりスッキリとしたものではなかった。「あー」と語尾を伸ばして視線を空中に泳がせている。陽子にはそれが、言うか否か迷っているように見えた。
「まぁ、それについては、今はあまり気にすることはないよ」
「え、でも――」
「その時がくればちゃんと説明するけど、それがいつになるかはわからないからね。あいつがどれくらいで戻ってくるか、ハッキリすればいいけど」
茂が左側の口角だけを吊り上げて顎を擦る。
茂の言う「あいつ」とは誰なのか。陽子が訊ねるよりも早く「まぁ、とにかく」と先に茂が口を開いた。
「特別業務に関しては追々説明しよう。他に質問は?」
陽子は首を横に振った。しかし心に生まれた雲は振り払われない。
結局のところ、陽子は気になりながらもそれ以上「特別業務」について聞くことはなかった。
(続)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます