第23話

最初に気になったのは整った指先。

さり気なくコーヒーカップを持つ仕草。

髪の毛に手を当てる癖。

次に声。少し低音ででもとても優しい。

そして温かくて優しい眼差し。

「寧々」

不意に声を掛けられて、寧々は持っていたカップを落として割ってしまった。

片付けようとした寧々の手を矢野が止めた。

「怪我でもしたら大変だ。僕がやるから」

「ごめんなさい」

矢野は何も言わずにカップを片付けている。

「寧々、明日オフだろう?ドライブにでも行くか?」

「一限目どうしても出なきゃいけない授業があるから、その後なら」

「決まりだな」


寧々と矢野は湘南まで車を走らせていた。

矢野はお喋りではない。普段は余計な事は言わない穏やかな人である。

ドライブの間も矢野は寧々の話を聞いていた。

浜辺近くに車を止めて、人気の無い浜辺に腰を下ろした。

「サンドイッチとおにぎりどっちがいい?」

「おにぎりかな」

寧々は矢野におかか入りのおにぎりを渡した。

「ねぇ、運命の撮影の時の話して」

「うん、まずは絵を直す指導を受けたんだけどこれが大変で…… でもそれができなきゃ幻の名画、運命は甦らない」

矢野の表情が凛としたものになった。

矢野の話は驚く事ばかりだった。

「それで一通り出来るようになったけど、撮影に入る前に何度も言われたのが手の動きが違うって。指の先の先まで神経を使わなきゃダメだって言われてな…… 」

「いっちゃんでもダメ出しされる事あるんだ

ね…… 」

「当たり前だよ。そんな事は」

矢野は笑った。

寧々はその笑顔に釘付けになっていた。

「人は失敗の中から多くの事を学ぶ。

だからどんどん失敗して自分の引き出しを多く持てるといいね」

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