第15話

矢野がイタリアの長期撮影から帰って来た。

大河がクランクアップした後、すぐにイタリアが舞台の映画の主役が待っていた。

古くなってボロボロになった絵画を修復する話で、矢野は現地での指導を色々と受けていた。

寧々は張り切って矢野の好物ばかり作った。

里芋の煮っころがし、カレイの南蛮漬け、炊き込みご飯、高野豆腐の卵とじ

矢野は感激していた。

「もう寧々の料理が食べたくてたまらなかっ

た」

矢野は次々に皿を空にしながら、笑顔になっている。

食後のコーヒーを入れた所で矢野は舞台の話をした。

「小早川先生は厳しいだろう?だが必ずこの事は寧々の力になる」

寧々は今の戸惑いを矢野に打ち明けた。

「先生が厳しいのは大丈夫。いっちゃんで慣れてる。でもね彩乃が分からないの。何故彩乃が母を憎んでいるのかが掴めなくて…… 」

「彩乃はどんな子だ?背景は?」

「自己中心的でワガママ。チヤホヤされてるけどそれは彩乃がお金を持っているから。母は水商売でかなり稼いでいる。娘には金だけ渡して多彩な恋を繰り返している…… 」

矢野は何度も頷きながら寧々の話を聞いて

いる。

「彩乃は母を憎んでいると言ったがどういう風に?」

「軽蔑しているの」

「どういう事で?」

「いい歳をして男に溺れてみっともないって」

「彩乃が母を憎む理由はそれだけ?」

矢野の言葉を聞いて寧々は口を噤んでしまっ

た。

台本にはそれ以外理由らしきものは書かれていない。

「小早川先生が彩乃が分かっていないと言ったが、僕もそう思うよ。お前からは彩乃の情景が浮かんで来ない。今のままではダメだぞ。

寧々」

寧々は悔し涙を浮かべた。

「こんな事は初めてなの。役の気持ちになれないなんて…… 」

「もっと彩乃を展開してみよう。もっとバラバラにするんだ」

「彩乃を展開?」

「生まれは?」

「そんな事何処にも書いてないわ」

「彩乃の情景が浮かぶまで考えるんだ。生まれは?父親はどんな人?母はどんな人で子供の頃の彩乃は何を思っていた?その寂しさを何で埋めていた?好きな事は何だった?」

「いっちゃん…… 」

とうとう寧々は泣き出した。

「泣いても何も変わらないよ。寧々」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る