第13話

「全然役の気持ちになれなくて…… 演技ができないの。演出家の先生からも役を掴めてないって叱られてばかりで……

ごめんなさい。いきなりこんな話迷惑よね」

寧々はそう言って立ち上がろうとした。

啓也は黙って首を振った。

「どんな人なんですか?」

「凄くイヤな女の子。自分勝手でお母さんを憎んでいるの」

それを聞いた瞬間に啓也の表情がさざなみのように揺れた。

「それは…… 辛いね」

啓也は伊能まどかが半年前に母を亡くした事をニュースで知っている。

啓也の声が微かに震えた。

「俺には演劇の事は何も分からないけど、母を憎むって気持ちは分かる。でも世間の人にとっては母というものは大事なんだと思うし」

「私も子供の頃は母を憎んでいたわ。

母は母ではなく女優だった。私の事なんか放ったらかしで…… 」

「…… 」

「小学5年の時、母が私を愛してくれていた事が分かって、母とは仲直り出来たんだけど」

啓也は寧々の話を黙って聞いてくれた。

「聞いてもいい?前島君さっきお母さんを憎む気持ちは分かるって言ったよね。何で?」

「俺は5歳の時に母に捨てられたからね」

寧々は口を噤んでしまった。

「ごめんなさい。私、余計な事を」

「マスターとオバさんしか知らない事を何で君に話したんだろう?」

「私こそ何で母の事を初対面のあなたに話したんだろう?」

寧々と啓也はお互いを見て笑い出した。

「家どこ?送っていくよ。マスター車借りる

よ」

こうして寧々は啓也にマンションまで送ってもらったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る