第11話

伊能まどかには舞台の仕事が来ていた。

主役である。

まどかには初めての舞台だった。

スタジオでの猛稽古が始まった。

演出家の小早川は舞台を作り続けて20年、あまりの厳しさに根を上げた役者は数知れず、気に入らなければ本番一週間前に役者を変えたりする。だが彼の作る舞台は熱い血が通っており、全国から東京まで舞台を観に来る熱心なファンもいた。

「違う!違う!何年役者やってるんだ!そんな事も出来ないなら役者なんか辞めてしまえ!」

他の共演者の一人が小早川に怒鳴られていた。

まどかの出番が来た。

「イヤだって言っているじゃない!」

「もう一度!もっと怒りを込めて!」

まどかはもう一度同じ台詞を言った。

「ダメだ!もう一度!」

まどかは更に同じ台詞を言う。

その時、まどかは小早川に思いっきり引っ叩かれた。

まどかの目が怒りに燃えた。

「イヤだって…… 言ってるじゃない!」

まどかの目に怒りの炎が燃え上がっていた。

その迫力ある演技に、周りの人達の目が集中していた。

「そう。それでいいんだ。今の呼吸を忘れる

な」

小早川の激しい指導にまどかは全力で食い付いていた。

だがやり直しが多く、まどかは落ち込んでい

た。

休憩室に入ろうとして、まどかの手は止まってしまった。

「なあに、あの子、やり直しばかりじゃ

ない?」

「あの子、矢野一色の娘みたいよ」

「どおりでね。いきなり主役になれるわけだ」

「ちょっと映画に出たからって舞台舐めてるんじゃない?」

まどかは廊下で水分補給をすると、またスタジオに戻った。


まどかは小早川に怒鳴られて、叱られ通しだった。

「違うと言ってるだろう!その時彩乃はどんな気持ちで母を見ている?母に対してどんな思いを持っている?

お前は彩乃を掴めてない!別室で考えて

来い!」

小さな控室で一人になった瞬間、まどかは泣き崩れた。

彩乃は母に反抗ばかりしている。たった一人の母なのに母を軽蔑している。

どうして彩乃には夜の世界で生きている母を軽蔑するの?母がその道を選んだのは彩乃を育てるためじゃない。それがどうして彩乃には分からないの?

私には彩乃が分からない。小早川先生がどうして私を選んだのかも分からない……

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