第15話 意外な一面

早速冷蔵庫から取り出した材料を机の上に並べる。たこ焼きはすぐ出来るので煮込みが必要な鍋の準備から取り掛かることにする。


「莉々菜、まずはこの豚肉を適当なサイズに切ってくれ!」


「分かった」


そう威勢の良い声が聞こえてくる。俺はとりあえず野菜を洗うことにしたので、カットは莉々菜に任せるとしよう。


ドンドンドン


思わず目を瞑るような鈍い音がリビングに響き渡る。音のする方を見れば莉々菜が肉を切るために包丁を叩きつけているのだ。


「おい!ちょっと危ないだろ!指怪我するぞ」


肉を押さえていた左手に包丁が突き刺さりそうで思わず声を上げて静止する。


「ご、ごめん。えっと〜使い方ってあってるよね?」


この一言で俺は悟った。


あ、こいつ料理した事ないんだなと


さっき愚痴を聞いてる時に許嫁がなんちゃらとか言っていたのでおそらく家が多少お金持ちなんだろう。正直半分寝てて聞いていなかったが。


「莉々菜、包丁は叩きつけて切るんじゃなくて、スライドするようにするんだ」


莉々菜から奪い取った包丁で手本を見せる。


「へぇ〜これで切れるんだ」


「まあ、いきなり肉は難しかったかもな。切るのは俺がするよ」


そう言って莉々菜と場所を変わる。料理ができない事をイジりたかったが、多分包丁をぶん回して怒ったりしそうで嫌な予感がしたのでここは紳士的な対応。何も詮索しないを選択した。


「じゃあ私、お皿洗うから」


「うわぁ」


ガッシャンッ


「えっと、ごめん手が滑って」


この間僅か14秒。唖然として俺は一瞬たりとて喋れなかった。


「莉々菜さん」


「は、はい」


「テレビでも見てて」


「はい」


そう言って邪ま・・手伝ってくれた心優しい莉々菜をソファーに案内してテレビのリモコンを渡した。


その間に俺はちゃちゃっと鍋の具材を投入する。割れたお皿をささっと片付けて小麦粉やらタコやらを冷蔵庫から取り出して同時進行でたこ焼きの準備も進める。


莉々菜は若干申し訳なさそうにこちらをチラチラ見ているが、意外と家事ができないというギャップに若干笑いそうになりながら準備を進める。でも多分これが男だったらぶっ飛ばしてた。


「はい。お待ちどうさん」


「暖かそう」


「そこは美味そうだろ」


そう言って莉々菜の前にポン酢と取り皿を差し出す。まだ土鍋で保温しているので、先にたこ焼き機の準備をする。


「一応聞いておくけど、たこ焼き作ったことって」


「無い!」


「正直でよろしい」


そう言ってたこ焼き機のスイッチを入れる


「ここ熱くなるから触るなよ」


「そんな事ぐらい見たら分かる」


意外とこいつ、プライド高いのかもな


「油を引いてから生地を流すぞ」


ジューーーーっと美味しそうな音と匂いが部屋中に充満する。莉々菜は初めてなのか物珍しそうにたこ焼き機を見ている。


「ある程度固まってきたらこうやってひっくり返す」


そう言って2本の竹串を器用に使ってたこ焼きをひっくり返した。


「莉々菜もやってみるか?」


「やりたい!」


一応竹串でやってるから万が一皮膚に触れても火傷の心配は無いだろう。どうせ失敗するのは目に見えていたが、タコパは未経験者の慌てふためきを見るのも一つの楽しみだ。


「うわぁ」


「あっつ」


莉々菜のひっくり返すたこ焼きは俺の想像を超えて暴れ始めていた。え?なんでその位置から自分の方に生地が飛んでいくの?物理法則無視してない?


そして数分の時が経ち、俺がひっくり返した2列と莉々菜がひっくり返した3列はくっきりと色と形が別れていた。


俺の方は綺麗なたこ焼き。莉々菜の方は・・・ん〜なんか生ゴミの底の方みたいな見栄えだ。


「結局、俺らここでも境界線が出来たんだな」


「ふふっ確かに。ここ超えたら教育ね」


「南はいつでも大歓迎なのにな」


不意な学校の話題に笑いながら、それぞれが焼いたたこ焼きを食べ始める。


「莉々菜の作ったやつ、スプーンじゃないと掬えないじゃん」


「女の子が作った料理にそんなこと言ってるから振られるのよ」


不意なカウンターに怯みながら、


「じゃ、じゃあこの鍋は俺が全部食う」


と言って鍋の蓋を開ける。湯気と共にこれまた鍋のいい匂いが部屋に充満する。


「はいはいごめんなさい食べさせてください」


「反省したならよし」


そう言って二人で鍋を突き始めた。


ちょうど時刻は23時。普段なら寝る時間だが明日は日曜日なので今日は夜遅くまで起きていられる。この背徳感に心躍らせながら幸せな時間を過ごす。


そしてひとしきり食べ終わり、片付けを終えて食後の紅茶を飲み、眠りにつく事にした。


5月といえどまだ冷える。俺は薄っぺらい毛布一枚を大切に使いながら寝ていた。ただいつにも増して寒く感じる。それもそのはず、俺は今リビングの床で寝ているからだ。厳密に言えばカーペットの上なのだが、そんなの関係ない。ほぼ床だ。


莉々菜は俺の部屋で暖かい布団に包まって寝ている。両親のベットを使うのは両者とも流石に気が引けたため、紳士としてリビングで寝る選択肢を取ったのだ。


ソファーで寝たいところだったが、俺の身長が高すぎて足がはみ出て中途半端になってしまう。クソッこういう時に背が高いのは困る。


結局足を伸ばして快眠の姿勢を取れるカーペットの上が寝床に選ばれたわけだ。


所でこんな話を聞いたことはないだろうか。冷たい空気は下に行き、暖かい空気は上に行くという話だ。それを今身をもって体感している。マジで寒い。新鮮なお肉を床に放置しても一週間は鮮度を保っていそうな程に寒い。


そう文句を垂れながらこの日はなんとか眠りについた。

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