第23話

「ごめん。急いで食べるから」

 弁当を食べながらそう言う玲央は、いつもの席で俺の対面に座っている。隣席の美琴は俺たちに気を遣ってくれたのか、またどこかへ行ってしまった。そして他の生徒は俺たちとは距離をおき、遠巻きにひそひそと話しながら、様子を伺っているようだった――。


「あ、ああ……。まだ時間あるから、ゆっくり食べてください……」

 先に昼食を済ませていた俺は、どこから見てもJKである玲央に緊張しながら、いつもと違う言葉遣いでそう返答した。

 そのあと、あっと言う間に弁当箱を空にした玲央は、水筒から暖かいお茶をコップに注いだあと、俺から目を反らしたまま口を開くのだった。

「ごめん。ずっと連絡できなくて」

「い、いや……」

 久しぶりなのと、玲央の様子がおかしいのとで、うまく会話ができない。

 今までどうやって話してたっけ? とぎこちない俺だが、玲央はそれを気にしてか少し笑顔を見せて話しかけてきた。

「あ、そうだ! さっき、美琴が圭太に言ったこと、本心じゃないから。あれは僕から圭太にああ言うように頼んだんだ。このフォローは絶対するように美琴に何度も何度も言われてたから、先に言っとくね」

「そうだったのか。でも、どうして……」

「美琴たちから聞いたよ。圭太が、この前僕に言ったこと気にしてたって……。なにも気にすることなんかないよ。圭太はなにも悪くないんだから」

「でも、あれが気に障って休んでたんじゃないのか?」

「違うよ。そんなんじゃない。それより……水着……見られたから……」

「そ、そっちだったか……」

「そう。だから、今の圭太の気持ちを知りたかったんだ」

「俺の気持ち?」

「うん。あんなところ見られてさ。完全に嫌われたかも思って」

「俺が玲央を嫌うなんて――」

「だってさ。誰でもあんな変態みたいなことされたら嫌でしょ。僕が逆の立場だったらドン引きして、今後どう接したらいいかわからなかったと思う。そんなこといろいろ考えてたら学校も行けなくなっちゃったんだけどね。でも美琴と猫とチョカが来てくれて……いっぱい話しをしてさ。いろいろアドバイスしてくれて」

「そうか……」

「それでさ。圭太の今の気持ちがわかるような質問をして欲しいって、僕が美琴に頼んだんだよ。でも、なんだか圭太の気持ちっていうより、美琴が普段思ってることを言ってたような気もするけど……」

「それで……聞いてみて、俺の気持ちがわかったのか?」

「そうだね……。嬉しかったよ。また、一緒にお昼食べたいって思えたかな」

「そっか。そう思ってもらえたなら嬉しいけど、でもな……恥ずかしいからさっき言ったことは忘れて欲しい!」

 玲央と話すにつれ冷静さを取り戻してきた俺は、美琴との会話を聞かれていたことの恥ずかしさに気づき、顔が真っ赤になってしまう。そして慌てて話題を変えることにした。

「で、その格好のことなんだけど……」

「ああ、これ? これはね。美琴たちが、自分の気持ちに正直に生きた方がいいって言ってくれてね。だから勇気出してみたよ。これが僕から圭太へのメッセージだから」

「ん? 俺へのメッセージ?」

「そうだよ……。わかってくれた……かな?」

「女装趣味があるってことか?」

「違うよ! 女装じゃなくって、今日から僕は女子として圭太の横にいるってこと!」

「えっとぉ。それがメッセージって……どういう意味だ? ごめん、わかるように教えてくれないかな?」

「もう! わからないならいいよ! それは……口に出して言えないから」

「どうして言えないんだよ。言わないとわからないだろ」

「どうしても! それより、僕のこの姿見てどう? 萌える?」

「なんで、俺が玲央の女装姿見て萌えるんだよ」

「女装って言わないで!」

「それは女装と違うのか? どういうことだ?」

「男友達が実は女子だったってシチュだよ? これってラノベや漫画だと萌えのテッパンでしょ! それが今、目の前にあるんだよ? ほら、独り占めだよ? 萌えキュンでしょ。男の娘がスカート穿いて現れたんだよ?」

「ラブコメとかにあるのは、男の娘と脱衣所で鉢合わせしたら実は身体が女子だったとかだろ? 玲央はどこで鉢合わせしても男子だろ。倒れて偶然胸触っても男子だろ」

「もう! そういうことじゃなくて! 僕は心が女子ってこと!」

「……あ、ああ、そういうこと……。なんだか、わかってきたぞ。玲央は身体が男だけど、心が女子だってことかぁ」

「そうだよ。僕が好きになるのは男子だってこと」

「そうか、心が女子……だから男子が好き……。って、ええぇぇ?! そうなの?!」

「今、それ?! 遅いよ!」

「そういうことだったのか! 玲央は男の娘じゃなくて女の子……」

「やっと、わかってくれたんだ。僕はただ女装がしたくて、こんな格好してきたわけじゃないからね。そういう人は『クロスドレッサー』とか『女装家』って言われたりするけど、僕は心も女子だから『トランスジェンダー』になるんだと思う」

「そうか……。勉強不足でよくわかってなかったよ。ごめん、気づかなくて」

「ううん。僕も黙っててごめん……」

「別に玲央が謝ることはないけどな……。で、その制服どうしたんだ? 買ったの?」

「姉ちゃんに借りたんだ。天河だったから」

「あ、そうか。でも、お姉さん驚いてなかったか?」

「全然。『そうだと思ってた』って言われたよ。両親も同じリアクションだった。それで……圭太はどうなのかな。僕が女子になって、嫌じゃないのかな」

「そんなの、嫌に決まってるだろ」

「え……。そ、そっか。やっぱ、そうだよね……」

「だって玲央みたいな美少女がずっと横にいたら、俺はモテないだろ!」

「……ちょっと。一発殴っていいかな……」

 そのあとなぜか玲央の機嫌が悪くなり、暫く口をきいてくれなくなった。

 俺は褒めたつもりだったのだが。

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