第22話

 翌週の月曜日。玲央は学校に来なかった。

 美琴たちからは『大丈夫よ、圭太。すべてうまくいったから』と言われていたので、今日こそはと期待していたのだが……。

 というのも、玲央の家に行った日、美琴たちは玲央と会って話すことができたらしい。なぜか話した内容は教えてくれなかったのだが、玲央の悩みも聞けて解決することができたと聞いていたのだ。そして『あとは二人でじっくり話したらいいよ』と言われ、少し緊張しながら今日を迎えたのだが……残念ながら玲央はまた休んでしまった。

 そして昼休みになる。

 いつもならチャイムが鳴って三分と経たないうちに玲央が前の席に移動してくるのだが、今日も玲央が来ることはなかった。

 凹む俺は教室の入り口を見てため息をついたあと、『今日もまたぼっちで昼食か』と呟いた、そのとき――声をかけてきたのは、クラス委員の大島香織だった――。


「渋谷くん。ちょっといい?」

「お、大島さん?!」

「今日も嫁……じゃなくて、相方くんはお休みだよね……」

「相方? ああ、玲央のことか。そうだね。まだ治ってないみたいだね」

「そう……。だったら、私たちと一緒に食べない?」

「えぇ?! 大島さんたちと?! 俺みたいなのが、一緒にいいの?」

「俺みたいなって……。どうして? みんなも一緒に食べたいって」

 大島がそう言いながら振り向いた先では、スクールカースト上位グループの女子たちがこっちにおいでと手を振っている。

「みんな、渋谷くんと仲良くなりたいんだよ。それは私もだけど……」

 ――なんだ、この可愛い生き物は――。

 両手を胸の前で合わせ身体をクネクネし、顔を赤らめながら恥ずかしそうにしている大島を見ながら、大島以上に顔を赤くしている俺。

 これ以上待たせるわけにもいかないと、弁当を持って大島のあとをついていく。そして六つの机をつなげた中の一席を案内され、そこに座った。

 すると俺は、その場を楽しんで弁当を食べる余裕もないほどの、まるで記者会見かのような質問攻めに合うのであった――。


『渋谷くんって、いつも休みの日なにしてんの?』

「休み? 漫画読んだり……かな(ラノベ書いてるけど)」

『どんな歌聴いてる?』

「歌は、あんまり聴かないかなぁ(アニソンとは言えない)」

『美容室どこいってるの?』

「特に決まってないよ。適当に行ってるかな(本当は母親に切ってもらってます)」

『めっちゃ肌綺麗なんだけど、なにかやってる?』

「別になにもやってないよ。普通だよ(めちゃくちゃケアして頑張ってるけどね)」

『好きな女性のタイプは?』

「えぇ?! や、優しい人なら(かつ、綺麗な人がいいです)」

『弾丸とどういう関係?』

「弾丸って、みこ……神崎さん?! 幼稚園からの幼馴染で部が一緒なだけだけど(ちょっと前まで俺のこと好きなのかと勘違いしてました!)」

『そう言えば、マイプリとも仲いいよね』

「マイプリって、チョ……桜川さんだよね。彼女も幼馴染で部が一緒で……(ちょっと前に俺のこと好きなのかと勘違いしてました!)」


 ――質問が止まらない。なんだ、この圧は。

 女子と食事するのって、もっとキャッキャウフフな感じだと妄想していたが、なんか思ってたのと違う……。本当は俺が格好よくリードして、それで女子が頬を赤らめたりなんかするのを想像していたのだが。

 でも、もしかしてこれってモテてるのか? いや、違う、違う。冷静になれ。

 そんなこと言ってると、『困ってる感じが楽しくてイジられてるだけだから。勘違いしたら駄目だよ』と、また玲央師匠に叱られそうだ。

 でもこんなときは、いつも横にいた玲央が助けてくれてたな。

 そう言えば、今頃なにしてるんだろう。

 あいつが辛い思いをしてるかもしれないときに、俺はこんなことしてていいのかな――。

 そんな思いが頭をよぎったとき、横から別の質問が耳に入ってくる。

「玲央がいないのに楽しそうね」

 それは美琴だった。

 昼食から帰ってきて、女子と一緒で浮かれている俺を見つけた彼女が、そう声をかけてきたのだ。しかし俺はその言葉にカチンときて、思わず反射的に言い返してしまう。

「どういう意味だよ」

「そのままの意味よ。玲央がいたときは、女子と一緒に弁当食べるなんてできなかったでしょ。だから、玲央がいないといろいろ楽しめるんじゃないの? 鬼のいぬ間に洗濯どころか、玲央のいぬ間にハーレムね」

「玲央がいないから楽しめるとか、そんなこと思ってないよ。俺が一人で飯食おうとしてたから、大島さんが気をつかって声かけてくれただけだろ」

「どうだか。玲央が横にいなくてラッキーとか思ったりしてるんじゃないの?」

「そんなこと思うわけないだろ! いい加減にしろ!」

「本当に? いつも玲央が横で邪魔ばっかりしてると思ったことないの?」

「そ、それは、ちょっと思ったことはあるけど……」

「やっぱ、あるんだ」

「あるけど、ちょっとだけだよ! でもそれは、俺が調子乗っていろいろ勘違いしてたのもあるし……。邪魔しないでくれとは思ったことはあるけど、あいつがいない方がいいなんて思ったことないから」

「今もそう? 玲央に戻ってきて欲しいの?」

「当たり前だろ! そんなこと聞くなよ!」

「……だってさ、玲央。今の聞いてた?」

 そう言って、スマホを取り出して俺に見せる美琴。

 その画面には『変態』と表示されている。

「え……。もしかして、玲央と通話してたのか?」

「そうよ。玲央に頼まれてね」

「それって、どういう……。おい、玲央! 聞いてるか?!」

 その言葉に返答なく突然通話が切れる。と同時に入り口扉が『バンッ』と開いた。


 ――玲央――。


 そこにいたのは紛れもなく玲央だった。

 一週間ぶりの再会。少し痩せたように見えるが、元気そうに見える。

 俺はその姿に安堵しすぐに声をかけようかと思った……のだが、なにかがおかしい。

 いや、そこにいるのは明らかに玲央なのだが、どこかいつもと違うような気がする。

 しかし、すぐに答えが見つからない。

 そのとき、俺は横にいた大島香織の一言で、その違和感の正体に気づいた。

「スカートだ……」

 そう。玲央は女子の制服を着て、スカートを穿いて登校してきたのだ。

 そして、よく見ると顔には薄っすらと化粧もしている。あまりにもその姿が自然すぎて、すぐに気づくことができなかった。

 彼は完全に女子となって登校してきたのだ。

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