第21話

 玲央の家は、その店から歩いて十五分ほどのところにあった。

 俺たちが到着したその門扉の向こう、二階建ての大きな自宅前には綺麗に手入れされた緑の芝生や花壇が見える。

 静かな住宅街、傘に小雨があたる音が聞こえる中、ためらう俺を尻目に美琴は躊躇なくインターホンを押した。

 するとカメラで確認したからなのか、すぐに玲央の母親が玄関先まで出てくるのであった。

「あら、あら、まあ! もしかして、美琴ちゃんとチョカちゃん?」

「ご無沙汰いたしております。お母様」

「お久しぶりです、おばさん! 玲央いますか?」

 二人を見て驚いている玲央の母親は、とても眉目秀麗な女性だ。見た目も若く、玲央と姉弟だと思われてもおかしくないほどの容姿で、俺は何年経っても母親と話すときは少し緊張する。

 そんな人に『おばさん』と言った美琴にイラついた俺は『ちゃんと挨拶しろよ』と、美琴の脇を肘で突いた。

 それを見た玲央の母親は、懐かしそうに微笑んでいる――。


「玲央は寝てるみたいだけど……。圭太くんと猫ちゃんも一緒だなんて、このメンバーが揃ってるのを見るのは久しぶりねぇ。小学校の卒業式以来かしら。美琴ちゃんとチョカちゃんも大きくなってぇ。なんだか嬉しいわぁ。写真撮りたくなっちゃう――」

 玲央の母親はおっとりしているが話好きで、俺が遊びに来たときも玲央の部屋に入ってきて三十分くらい居座ることがある。それを知る俺は、このままでは玄関先から進めそうにないと考え、無理矢理話しを進めようと割って入ることにした。

「あ、あの、お母さん。玲央は大丈夫ですか?」

 すると玲央の母親は、ちらりと二階の窓に目をやったあと、小声で話し始める。

「それがねぇ。この前来てくれた猫ちゃんには悪かったんだけど、実はインフルエンザっていうのは嘘だったよ。玲央がそう言ってくれって……。なにかあったみたいなんだけど、なにも話してくれなくてね。家族で話して、少し様子を見ようってことにしたのよ――」

 やはりそうだった。玲央が休んでいるのは病気ではなかった。

 ということは、俺が原因だったのだ。

 それが事実だとわかり、ショックで次の言葉が出てこない俺は、母親の顔を見ることができず、思わず傘で顔を隠そうとした。

そのとき――美琴とチョカ、そして猫の手が、同時に俺の背中に優しく置かれたことに気づく。それはまるで、皆に『大丈夫だから』と言われているような気がした。

 そして俺の目に入ってきたのは、美琴が母親に頭を下げてお願いする姿だった。

「おばさん、お願いします。玲央と話をさせてください!」

 続けて、チョカと猫も頭を下げる。

 それを見た俺も合わせて頭を下げたが、突然涙が溢れて止まらなくなった。


 ――玲央とは長い付き合いだが、こんな感じなったのは初めてだったんだ。

 どうしてよいかわからず、食事も喉を通らないほど悩みた続け日もあった。

 玲央がいなくなることなんて考えられない。

 だから三人に助けを求めたんだ。この三人ならなんとかしてくれるかもしれない。そんな気がしたんだ。そして、この想いは間違ってなかった。

 美琴とチョカとは何年も話してなかったけど、俺たちの心の中はあの頃のまま、ずっと変わらずに繋がっていたんだろう。

 そんな思いが込み上げ、涙が止まらくなったんだ――。


 俺たちが頭を下げるのを見た玲央の母親は、少し間を置いたあと、ゆっくりと口を開いた。

「こんなに心配してもらって、玲央は本当に幸せ者ね。みんなありがとう……。やっぱり、こういうときは家族よりも友達と話した方がいいのかも……。あら、雨の中で長い時間ごめんなさいね。みなさんどうぞ、上がってください」

「ありがとう、おばさん! それじゃ、お邪魔しまぁす!」

 美琴が元気よくそう答えると、皆が傘を畳んで前に進みだす。

 すると、チョカと猫が妙なことを言い出した。

「そう言えば、猫ちゃん。確か圭太さんは、抜けられない用事があったのですよね」

「え? あ、ああ……そっか。圭ちゃんは家の手伝いがあったね。今日は私たち三人だけでお邪魔しよう。ね、美琴っち」

「へ? そうなん? それなら仕方ないわね。圭太は先に帰ってて」

 涙を見せまいと頭を下げたままの俺に、三人の言葉が聞こえてくる。

 最初から俺抜きで玲央と話すつもりだったのか、それとも俺の涙に気がついて気を利かせてくれたのか、それはわからない。

 しかし俺はその嘘を受け入れ、一人残って閉まる扉の音を聞いた。

 そして雨に混ざって落ちる涙を見ながら、『頼む』と小さく呟いたのだった。

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