第20話
玲央が学校に来ない。
あれから一週間、ずっと欠席で一度も会えていないのだ。携帯に電話しても出てくれない。メッセージを送っても既読にはなるが返事がない。
担任にはインフルエンザだと本人から連絡があったようだが、本当にそうなのだろうかと疑っていた俺は、放課後にデジ研部員で話し合うことにしたのだった――。
「玲央っちと会わせてくれなかった。感染するからって」
ここは学院近くのファミレス。俺の隣に座る猫はあまり心配していない様子で、メロンクリームソーダの氷をシャリシャリと噛みながらそう言った。
彼女の家は玲央の家と近いことから、お見舞いに行ってみたらしい。
「玲央のお母さんには会えたんだ」
「うん。インフルだって言ってたよ」
すると、俺の対面に座る美琴がポテトを食べたあとの指先を舐めながら、呆れた様子で面倒臭そうに発言する。
「圭太はなにを心配してんのよ。本人も親もインフルエンザって言ってんでしょ?」
「でもそれなら電話に出るだろ? メッセージにも返信がないし、おかしいよ……」
その美琴の隣で、ショートケーキのイチゴを幸せそうに頬張るチョカが、確認してくる。
「圭太さんは、玲央さんの家に行ったのですか?」
実は彼女も、あの本屋の一件のあとでデジ研に入部したのだ。
あの書店での事件がきっかけで昔みたいに会話できるようになったあと、玲央がやたらと後押ししてくるのもあって、俺が駄目元で声をかけてみたのだが、『断る理由などございませんわ』と即答してくれたのだ。
彼女がそんなにデジ絵に興味を持っていたとは驚きである。なんでも五つ掛け持ちしていた中の一つだった美術部を辞めてデジ研に鞍替えしたらしく、毎週金曜だけデジ研に出席できることになったのだ。しかし、チョカを崇拝する美術部のお嬢様軍団に怨まれていないか心配ではあるが……。
ちなみに、チョカが入部したと同時に、美琴も体験入部から正式に入部することになった。これでデジ研部員は五名となったので、二学期からは晴れて同好会から部へと昇格できる可能性も高くなった――のだが、肝心の部長がこの状態である。
なんとか早く玲央に復帰して欲しいための打ち合わせだったのだが、かといって水着の一件を話すわけにもいかず、俺は三人からの質問にどう答えればよいのか迷い、追い詰められることとなった――。
「俺はまだ、玲央の家には行ってないんだ」
「どうしてですか?」
「インフルだからな……」
「でも圭太さんは、玲央さんがインフルエンザではないと思われてますのよね」
「ああ、そうだ。たぶん違うと思ってる」
「それでは、どうして家に行かないのですか?」
「だって、インフルだからな……」
「矛盾してますわ!」
すると次に、美琴が机をドンと叩き俺を睨んでくる。
「圭太。なにか隠してるわね」
「な、なにも隠してないよ……」
「ちょっと、圭太? 『な、なにも隠してないよ……』って、なにか隠してる奴がいう常套句じゃないの。ラノベで見たことあるわ」
「ラ、ラノベの話は、今はいいんじゃないかなぁ」
続いてチョカも、無表情のまま目を細め俺に確認してくる。
「圭太さん、怪しいですわ。玲央さんとなにかあったに一票を投じます」
「玲央とは……。なにもないって」
その迫力に押され思わず真実を言いそうになる俺だが、ここは心を鬼にして我慢した。
しかし、皆がなにかを感づいているようで、猫が更に追い討ちをかけてくる。
「ゲロって楽になった方いい。喧嘩した?」
「いや、喧嘩もしてないし」
「圭ちゃん、嘘ついてるときの顔してる」
「嘘じゃないよ。喧嘩はしてないよ。本当に」
――言えるわけがないだろう。玲央が俺の水着を着てただなんて。
ただ、きっかけとなったかもしれない俺の一言に関しては、言うべきだろうか――。
「その……喧嘩……とは違うんだけど、ちょっと問題があって」
「「「問題?」」」
「い、いや、でもやっぱり……」
三人が身を乗り出して更に迫ってくる。
結局俺はその圧に負け、もう後戻りができなくなってしまった。
「実は、まずいことを言ってしまって」
「「「まずいこと?!」」」
「もしかして俺のことを……」
「「「圭太のことを?」」」
「す、好きなのか? って聞いたんだ!」
「「「…………」」」
「やっぱ、まずかったよな?! 冗談じゃなくてマジな感じで聞いたから、それで怒ったのかもしれないんだよ! あいつ泣いてたし……。だから家にも行きづらくて――」
「圭太……」
「な、なんだ。美琴」
「それで、玲央はなんて答えたの?」
「そう言えば『ごめん』って言ってたな……。それで教室から出ていって、それから会ってないんだ」
「そう。玲央は『ごめん』って言ったのね……。でも教室で聞いたの? 二人のときに?」
「あ、ああ、そうだよ」
「なんで、教室で二人きりのときにそんなこと聞いたのよ」
「え? そ、それは、その……。話の流れで」
「どんな話の流れになったら、男同士で『俺のこと好きなのか?』なんてマジなトーンで聞くことになるのよ」
「それは……よく覚えてないけど、いろいろ話してたらそういう感じになって、思わず聞いてしまったんだよ」
「で、その答えが『ごめん』てことは、圭太は玲央に振られたってことね」
「いや、なんでそうなる! 俺が玲央に告白したわけじゃないだろ! なんで俺が振られたことになるんだよ!」
「じゃあ、なんの謝罪よ。『俺のこと好きなのか?』って聞いたら『ごめん』って言われたんでしょ? 普通に考えたら『お断りします』の『ごめん』だと思うけど? 男友達だと思ってた圭太にいきなり告白みたいなことされて、それを断ったから学校に来づらくなったってことなんじゃないの?!」
美琴がそう言うのももっともな話で、俺は返答に困り黙ってしまう。
するとそれを見かねたのか、チョカが横から助け舟を出してくれるのだった。
「まあまあ、美琴ちゃん。一旦落ち着きましょう。もしかするとですが、『ごめん』というのは、『そんな質問させてごめん』の意味ではないですか?」
「どういうこと?」
「どのような経緯でそういう会話になったのかわかりませんが、結果的に友達である圭太さんにそういう勘違いをさせてしまったことに対して、謝罪したのではないでしょうか」
「なるほどね……。それはあるかも。チョカやるじゃん」
その言葉が嬉しかったのか、チョカは得意気な表情でホットレモンティーに口をつけた。
すると、猫が横からその推理を一蹴する答えを口にする。
「美琴っち、それは違うと思う。私は『答えられなくてごめん』の『ごめん』だと思う」
「どういうことよ。猫」
「圭太のことが好きだとばれて、咄嗟にどう答えていいかわからくて混乱したのかも」
「それは、玲央が圭太のことを好きだった場合の話ね。なるほど、それもあるかも。だって、圭太はそう思ったから、好きなのかって聞いたんだもんね。それが図星だったと……」
「いや、ないだろ! ないない! 玲央が俺を好きだなんて! あんなこと聞いた俺が馬鹿だったんだよ! 美琴が言った通り、俺にそんな風に見られたショックで学校に来づらくなったんだ。絶対そうだ……」
「そう思うなら、謝ったらいいんじゃないの? 来週には学校来るでしょ」
「そうだよな。でも、来るかな……」
「もう! 男のクセにいじいじして! だったら、今から行きましょう! もう一週間経つんだから、感染する心配もないでしょ?」
美琴はそう言って立ち上がると、当たり前のように伝票を俺に渡してくるのだった。
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