第12話

「これって、やっぱモテ期だよな?」

「いや、違うでしょ。絶対違う」

 翌日の昼休み。俺は早速、玲央に保健委員会での一件を説明した。

 続けて、俺が一晩かけて考察した『二年女子が学年代表を取り合いした理由』が『俺と一緒に学年代表を務めたい』、これすなわち『俺はモテ期』という結論を確認してみたのだが、即で否定されたのだった。

「でも、どう考えてもおかしいだろ? 俺が学年代表を受けたとたんに、女子が全員立候補し始めたんだ。もしかしたら俺目当てってことも……」

「なに言ってんの。圭太は自意識過剰」

「うっ! そ、そうだな。んなわけないか。ははは……」

「そんなわけないよ。考えすぎじゃないかなぁ。もし勘違いして、チョカや美琴に会う度に顔赤くしたり、そわそわしたりとかしてたら格好悪いことになってたよ」

「でもさ。それならどうしてだと思う? みんなが立候補した理由」

「そうだね……。おそらく内申点狙いでしょ。うん。そうに違いない」

「内申点? ただの保健委員の学年代表が?」

「学年代表は内申にあまり関係ないとは思うけど、その先にある委員長の座を狙ってるんじゃないかな」

「委員長? どういうこと?」

「校則にあるでしょ。『各委員の委員長は三年生から選出する。ただし学年代表を経験した者を優先する』ってね」

「なるほど、そうか。来年、委員長になるために……」

「そうそう。一度でも学年代表を経験したら、どの委員の委員長にもなれるからね。例えば今年保健委員の学年代表を経験してたら、来年美化委員長にも体育委員長にもなれるしさ。天河は推薦で大学受ける人多いからね。内申は大事なんでしょ」

「やっぱり、そんな特典があったからか。でも待てよ……男子は誰も立候補しなかったな。一年生も立候補がなかったから、くじ引きで決めたし。二年の女子だけどうして――」

「で! 結局、女子の学年代表は誰になったの?」

「え? ああ、それを言ってなかった。女子の代表はチョカだよ。くじ引きで決まって、えらく喜んでたな。でもチョカって一年の学年末で二位だったよな。内申関係ない一般試験でも十分合格できそうだけど」

「圭太……。なんでチョカの学年末テストの順位を知ってるの?」

「え? だって廊下に張り出されてたじゃんか」

「でも、わざわざチョカの順位を確認したってことでしょ? しかも覚えてるなんて」

「い、いや、たまたまだよ! 俺の三つ上だったから目に入っただけだよ!」

「ああ、そうか。ふぅん。今、いい訳しながら自分が五位だったってこと、さりげなく自慢されちゃったね。百位だった僕に」

「いや違うから! いい訳とか、そういうつもりじゃないよ」

「そっかぁ。二人はご近所さんですかぁ。仲がよろしいことで」

「なんだよ、さっきから。焼餅焼いてる彼女みたいになってるぞ」

「か、か、彼女って! そ、そういうんじゃないから! 冗談だから!」

「わ、わかってるよ! でも、そんな言い方やめろって!」

 玲央はたまにBLっぽいノリの冗談を言ってくる。しかし最後はぐだぐたになって、二人して顔を赤らめ恥ずかしいことになるのだ。だから皆に勘違いされ『渋谷の嫁』とか言われてしまうのだろう。

 あ、そう言えば、玲央の二つ名がまた一つ追加されたようだ。

 それは『強欲』だ。

 強欲――なぜ彼にこんな名が付けられたのか、まったく見当が付かない。いったいなにをどうすれば、こんな二つ名が追加されるのだろうか。

 しかも、これで彼の二つ名は『渋谷の嫁』『変態』『強欲』の三つとなった。二つでも珍しかったのに、三つとは……。玲央はまさか俺の知らないところで、なにか悪いことでもしてるわけではあるまいな――ふとそんなことを考えていたときだった。入り口付近でやけに目立っている一人の女子が目に入る。

 それはチョカだった。C組であるはずの彼女が一人でA組に入ってきたのだ。そして突然の有名人来訪に、皆が驚きざわつき始めた。

 入り口で教室内をキョロキョロと見渡し、誰かを探しているチョカ。そして俺と目が合うと同時、俺をロックオンしたまま一直線にこちらへ向かってスタスタと歩いてくる。

 そして皆が注目する中、彼女は俺の目の前まで来ると、ぴたりと足を止めるのだった。

 どうやら来訪の目的は俺だったらしい――。


「圭太さん……。あの……」

 目をうるうると潤ませ、動悸を抑えるかのように胸に手を当て俺の名前を呼ぶチョカ。

 このまま愛の告白でもされるのか思った俺の心拍数は一気に上昇し始めたが、なんとか冷静を装いながら言葉を返す。

「さ、桜川さん。……どうしたの?」

「あの、突然ごめんなさい。ちょっと、体調が優れなくて……」

「……はい?」

 俺は脳をフル回転させ彼女の言った言葉の意味を考えてみるが、まったく理解できず思考停止してしまった。すると、いつもの如く横から玲央が助け舟を出してくれるのだった。

「チョカ。体調悪いの? 顔色も良くないけど、大丈夫?」

「突然ごめんなさい。先ほど保健室に行ったのですが先生がいらっしゃらなくて……」

「そうなんだ。でも、それならベッドで寝て待ってたらよかったのに」

「そう思ったのですがベッドは二つとも他の人が寝ている状態で空いていなくて……。C組の保健委員の山田さんもまだお昼から戻られてませんし、どうすればよいかわからなくて、学年代表の圭太さんにご相談しようかと――」

「わ、わかった。とりあえず、ここに座って休んで……。圭太、どうしようか」

 ――玲央はすごいな。いつも冷静で。

 確かにチョカの顔色は昨日よりも赤く見え、息も荒く、体調が悪そうだ。おそらく頭もあまり働かない状態の中、なんとかここまで辿り着いたのだろう。

 愛の告白かも、なんて勘違いした自分が恥ずかしい。

 それに、毎日顔を合わせていた昔だったらすぐに気づけたかも……なんて考えてしまった自分が情けない。

 いったい俺はなにをやってるんだ――。


「圭太? 聞いてる?」

「え? ああ、ごめん。聞いてるよ。顔も赤いし、風邪かな」

 俺はそう言いながら、目の前に座るチョカを見る。彼女はうつろな目をしたままで、息をするのも辛そうだ。

「家に電話して迎えに来てもらったらどうだ?」

「それが……。今日はお父様の会社で株主総会がありまして、皆が出払ってるんです……」

「誰かに来てもらったとして時間がかかる?」

「はい……。会場から二時間以上はかかるかと……」

「わかった。見た感じだと保健室で寝て治るレベルじゃなさそうだし、先生に言って車で病院まで連れて行ってもらおうか?」

「はい……。それで、よろしくお願いします……」

「それじゃ、圭太。僕が先生呼んで来ようか?」

「そうだなぁ。でも職員室遠いし往復の時間考えたら、こっちから行った方が早そうだな。とりあえず移動しなきゃだけど……。チョカ、職員室まで歩けるか? 一緒に行くよ」

「圭太さんからその名前で呼ばれるの……何年ぶりでしょう……」

「あ、ごめん! 昔のクセでつい……」

「嬉しいです……。力をいただきましたわ……」

 チョカはそう言って立ち上がろうとするが、すぐによろめき前のめりとなった。

「危ない!」

 俺はチョカが倒れないよう一歩前へ踏み出したが、胸元に飛び込んできた彼女を、直立不動のまま受け止めてしまう。といういのも女子の身体に触れてはまずいと思い、手を差し出すことができず身体全体で支えるかたちとなったからだ。

 結果かなりの密着度となってしまい、チョカの髪の香りやら吐息やらで興奮し我を忘れそうになる。しかし、同時に伝わってきたチョカの体温で、そんな場合ではないと気づいた。

 なぜなら彼女が、かなりの高熱であるとわかったからだ。

「ごめんなさい……。圭太さん……」

 恥ずかしそうに、俺から離れようとするチョカ。

 しかし気づくと俺は、後先考えずにチョカを抱き上げていた。そしてお姫様抱っこをしたまま教室を飛び出していたのだ。

「け、け、け、圭太さん?!」

 それは別に格好をつけようとか、よこしまな気持ちがあったわけではない。冷静だったらこんなラブコメ漫画の主人公がやりそうなこと、恥ずかしくてできなかっただろう。

 しかし今は『早くチョカを病院に連れて行かないと』という焦りから、人目も気にせず彼女を抱き上げ職員室へ向かうことにしたのだ。

 だが、こんな最下層平民風情の俺が、学院のマドンナ的存在のチョカをお姫様抱っこで廊下を歩くことなど許されるわけがなく、すれ違う皆から向けられる視線が痛い。また、中にはキャーキャーと煽るように騒ぎ出す奴もいれば、冷笑しながら陰口をたたく奴らも目に入る。更には、俺に直接心ない言葉をかけてくる男子もいた。

 しかしそんな状況の中でも、廊下の進路は邪魔されることもなくスムーズに進むことができた。なぜならそれは、先導していた玲央が集まる生徒たちを牽制しながら、道を切り開いてくれていたからだ。

 本当に玲央は友達思いのいい奴だ。またラーメンでも奢ってやろう――そんなことを考えていたとき、いつの間にか廊下には俺たち以外誰もいないと気づく。無我夢中で聞こえていなかったのだが、少し前に予鈴が鳴っていたらしい。

 すると玲央も安心したのか『あとは任せたよ』と言い残し、先に教室へ戻るのだった――。


 そして、廊下には俺とチョカの二人だけとなる。

 近すぎてチョカの顔は見えないが、突然こんなことをされて恥ずかしい思いをしていただろう。あとで謝罪しようと反省しながら廊下を進むと、職員室までは残り百メートル程となる。

 そのとき、ふとなぜか懐かしい気持ちが込み上げてきた。

「あれ? 前にもこんなことあったような……」

 すると俺の呟きに気づいたチョカが、辛そうにしながらもその疑問に答えてくれた。

「小学六年のときです……。公園でわたくしが足を怪我して……」

 その言葉に、あの頃の思い出が次々と蘇る。

「ああ、そうか……。そう言えば、あのときも俺が抱っこして家まで連れて帰ったなぁ。それでチョカのお母さんに、えらい見幕で怒られたんだよ。『娘を傷物にしたら責任取ってもらいますよ!』ってな。あははは。ほんと、あれは怖かった」

「そうです……。それで圭太さんが言い返して……」

「俺が? なにか言ったっけ?」

「はい。『傷なんか、ツバつけてりゃ治るよ! チョカを過保護にするな!』って……」

「それを俺が言ったのか? チョカのお母さんに?」

「ええ……。あの言葉、忘れません……」

「マジか……。あのお母さんに、そんな恐ろしいことを……。まったく記憶にないんだけど」

「でも、お母様はあのときから変わられて……。天河に行きたいという希望も受けいれてくれてくれました……。圭太さんには感謝しています」

「そうだったのかぁ。でもそれは、俺は関係ないかもしれないぞ?」

「どういうことでしょうか……」

「それは、チョカが自分の思いをちゃんと伝えられたからだろ? お母さんが変わったというより、チョカが成長したからかもしれないよ」

「圭太さん……」

「まあ今は、体重も大きく成長したみたいだけどな!」

「……! そ、そ、そ、そうなのですか?!」

「あははは。ごめん、ごめん。体調悪いんだし、もうしゃべらなくていいから」

 そんなやり取りが終わった頃、職員室に到着した俺はチョカを先生に引き渡した。

 そして『失礼します』と軽く一礼して職員室の扉を占めた瞬間――突然緊張の糸が切れ、廊下に座り込んで動けなくなるのだった。


 ――はぁ……。どっと疲れが……。

 ちょっと心配だけど、まあ、あとは先生たちに任せれば大丈夫だろう。

 しかし四年ぶりながらも、チョカと自然に会話できたのはよかったな。

 美琴のときもそうだったけど、話せばすぐに子供の頃の俺たちに戻れるから不思議だ。

 でも、あのチョカの反応……。抱っこされても俺のことを嫌がってる様子でもなかったし、学年代表の推薦のこともそうだし、今回俺を頼って来てくれたし……。

 総合して考えたら、やっぱり俺ってモテ初めてるんじゃないか?

 いや、考えすぎか。いや、しかし……。いや、でもなにか今までとは違うような……。

 ううむ。わからん! 今度、玲央師匠に聞いてみるか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る