第11話

「それでは渋谷くん。C組の桜川さんから推薦ということですが、受けますか?」

「え、えっとぉ。僕が保健委員の二年代表ですか」

「はい。どうします? そんな特別忙しくなることはないですよ」

「一応、なぜ僕を推薦したのか、チョカ……桜川さんに聞いてもいいですか?」

「桜川さん。そういうことですが、彼を推薦した理由を説明してください」

「は、はい! 渋谷さんは中等部で一番練習が厳しいことで有名だったあの剣道部を三年間続け主将も務められたすごい人なのです! ですから責任感があると思いましたので!」

「へぇ。あの剣道部の主将をですか。それはすごいですね。桜川さんは彼のことをよく知ってるんですね」

「い、い、いえ! そんな……。渋谷さんは、有名でしたから……」

 ――俺が有名だったことはないと思うが……。

 しかしなるほど。これは困った。断る理由がなにも浮かばない。

 まあしかし、学年代表といっても頻繁になにかの仕事があるわけでもないだろうし、別に受けること自体に問題はないか――。

「わかりました。やります」

 ――と答えてはみたものの、ちょっと緊張してきたぞ。

 ずっと会話してなかったチョカと一緒というのが緊張する。

 またあの頃みたいに話せるだろうか。

 そうだ。会話のきっかけとしてデジ研勧誘の話でもしてみるか。

 いや、駄目だな。チョカは人気者で引く手あまただから、部に勧誘しただけでもマイプリファンに責められそうだ……ん?

 みんなどうしたんだ? チョカの右隣に注目してみるみたいだけど。

 ああ、なるほど。隣の女子が手を上げてるのか。

 ここからは顔がよく見えないが――。

「あの、委員長。ちょっといいですか?」

 ――ん? どこかで聞いたことのある声だと思ったが、気のせいか――。

「はい。なんでしょう」

「あたしも立候補します。学年代表」

「え? えっとぉ。それはいいですけど。あなたも二年生ですか?」

 ――あれ? もしかして、この声は。いやまさか――。

「はい。二年A組の神崎です」

「えぇ?! 美琴?!」

 思わず大声を出して立ち上がる俺。そして皆の驚く視線に気づくとすぐに着席し、心を落ち着かせて美琴に確認する。

「な、なんで神崎さんがここにいるのかな?」

「え? 『神崎さん』ってキモッ。いつも『美琴』って呼んでるのに」

「い、今は会議中だから! そんなことより、いつからいたんだ?」

「最初からよ。なに、圭太。あたしが立候補したら駄目なの?」

「いや、そうじゃなくて。女子の保健委員って森さんだったろ? 彼女はどこ行ったんだ?」

「代わってもらったのよ。あたしの美化委員と」

「代わってもらった? なんで?!」

「な、なんでって……。その……。あ、あれよ。保健委員って特になにもやることがない、猿でも務まるお手軽委員だって聞いたから」

 美琴の余計な一言に、会議室内が一瞬で凍りつく。

「それを今ここで言うなよ!」

「あ、ごめん」

「ていうかさ。代わったこと、俺は聞いてなかったんだけど!」

「さっき決まったから言えなかっただけだし。もしかして森さんの方がよかった?」

「いや、まあ、俺は……。神崎さんの方がやり易いけど……」

「キモッ! そ、そ、そ、そういうキモいこと、さらっと言うなし!」

 すると、俺と美琴に挟まれておろおろしていたチョカが会話に割って入る。

「あの、ちょっと……。よろしいかしら。神崎さん」

「なによ。チョカ」

「チョ、チョカって言わないで、美琴ちゃん! あだ名呼び禁止! ……あ、わたくしったら大きな声で……。皆様、はしたないところをお見せして申し訳ございません――」

「で、なに?!」

 話がなかなか前に進まないチョカに、いらついた様子でもう一度確認する美琴。するとチョカは彼女のプレッシャーに圧倒されながらも、口元に手を当て小さな声で確認する。

「そ、その……。先ほどわたくしが立候補したときに手を上げなかったのに、今になってどうしてなのです?!」

「別に後先関係ないでしょ? どうしようか考えてたら遅くなっただけだから」

「本当にそうなのですか?!」

「本当にそうなのよ」

「本当は別の理由がございますよね?!」

「本当に別の理由はなにもないのよ」

「ぐぬぬ……」

 ――チョカよ。いったいどうしたんだ。

 そんなに抵抗して、皆もちょっと引いてるぞ。どうでもいいと言ったら失礼だが、そんな重要でもない役職の学年代表にこれほどこだわるなんて。

 しかも彼女がこんな感情を表に出すとは、俺も驚きだ。なぜなら昔のチョカは、いつも笑顔で誰にでも優しく、おしとやかで温和だったイメージしかない。それにガキ大将みたいだった美琴からなにを言われても、今みたいに反論することなんてなかったのに――。

「……わかりました。確かに早い者勝ちというルールでもありませんし、それでは二人でくじ引きを――」

「ちょっと待ってください。すみません。B組の澤田ですけど、私も立候補しますぅ」

「あ、それじゃ、私も立候補……しようかな。D組の渡辺です」

「えぇ?! 皆様も立候補されるのですか? いったいどうなってますの?!」

 ――それは俺も激しく同意だ。

 これはいったいどうなってる? 二年の女子全員が学年代表に立候補?

 いや、おかしいだろ!

 しつこいようだが皆が立候補しているのは、なんの面白みもなく特に目立った活動予定もない猿でもできる保健委員の学年代表だぞ。俺だけでなく、他の学年の皆さんや先生方もわけがわからず唖然としてるじゃないか。

 もしかして俺の知らない、すごい特典でもあるのか?

 いや、それともまさか……。

 これは玲央に聞くしかないな――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る