第2章
第10話
眠い。今は外も暖かくなり始めた4月下旬。窓からは心地よい風が入ってくる。
そんな午後の六限目。毎晩遅くまでネトゲプレイやアニメ鑑賞に勤しむ俺、渋谷圭太にとっては、瞼の重量がピークを迎える時間帯であった。
しかも今俺がいる会議室では保健委員会が開催されているのだが、これがまた学院一退屈だと噂されるような会合であったため、眠気と戦う拷問のような時間となっていたのだ。
さて、俺がこの委員会に出席しているのは保健委員だったからに他ならないのだが、俺は別に好きで保健委員になったわけではない。天河学院の校則には『一年を通じて必ずいずれかの委員を担当すること』と記されているため、仕方なく保健委員を選んだのだ。
ちなみに天河学院は三学期制で学期ごとに委員は総入れ替えとなる。そのため、面倒なことは先に片付けたいタイプの俺は、比較的楽な保健委員に一学期早々立候補したということだ。
そして本日六限目のLHRは、委員別の全体会議が同時開催されている。この会議は一ヶ月に一度あるもので今日はその初回。全学年の委員がそれぞれの会議場に集まり、顔見せと今後の活動内容確認、そして各役職を決める日なのである。委員を担当していない生徒は教室で自習だが、保健委員である俺はこの三十名ほど入れる一号会議室内の一席に座り、ゆらゆらと船を漕ぎ始めているところだった――。
「それでは、次は学年代表を決めたいと思います。三年の代表は、委員長に任命された僕たち二人が兼任しますが、二年と一年は――」
委員長の長い説明を皆が退屈そうに聞いている。
保健委員は全十二クラスから男女二名ずつが選ばれており、三学年合計で二十四名。その内委員長以外の生徒が二つに分かれコの字形に設置された長机に対面で座り、担当教師二名と委員長に選ばれた二名が残り一列のお誕生日席側に並んで座っている。そして俺は委員長から見て一番遠く目立たない席に座っていた。
そんな俺の耳に時折り入ってくる委員長の声。ぼんやりとではあるが、今は最後の議題である学年代表の決定に進んでいるのだとわかる。なぜ俺が会議の内容を聞かずに居眠りしていて平気なのかというと、実は一年のときも保険委員を担当していたからに他ならない。
活動内容は最初に配られたプリントに目を通し昨年と変わりないことを確認済みであったし、それに保健委員は年間通して大きな仕事が特にない。しいて言うなら身体測定のときの準備を手伝ったり、体育系の大会があれば涼しいテント下で待機したりする程度だ。
それに味を占めたことから、俺は今年も保険委員に立候補したのだ――。
「では、次に二年の学年代表を決めましょう。誰か立候補する人はいますか」
――ん……。代表に立候補? 去年はくじ引きだったな。
しかし、そんな面倒なこと自ら進んでやる奴いるのか?
いるとしたらボランティア意識の高い奴か、よほど暇な奴だろう――。
「誰もいませんか? いなければくじ引きになりますが……」
「あの……。どなたも立候補されないのでしたら、わたくしが立候補いたしますわ」
――いた。女子か? しかも俺の右隣?
俺の方が先に入室してたから彼女の顔は見てなかったが、二年の女子だったか。
ずっと隣から、すんごい甘い香りがしてるんだけど、これって香水か?
しかし、突然手を上げて立候補ってすごいやる気だな……っていや、ちょっと待て。
今、聞き間違いでなければ、彼女、自分のことを『わたくし』と言ったような――。
「立候補ありがとうございます。それでは女子は決定ですね。男子は誰もいませんか? 立候補がないようなら男子四人でくじ引きをしてもらいます」
「あの……。一つよろしいでしょうか」
「はい。なんでしょう」
「わたくしから、男子代表を推薦してもよろしいのですか?」
「え? それは構いませんが……。誰ですか?」
――推薦? おいおい。待ってくれ。まさか。違うよな。
この流れ。とても嫌な予感がするんだが――。
「それでは……A組の圭太さん。あ、ごめんなさい。渋谷圭太さんを推薦しますわ」
――やっぱ俺かぁい!
彼女の声を聞いて、もしかして俺を推薦するんじゃないかと思ったんだ!
なぜなら彼女は、俺がよく知る人物。今まで生きてきて、一人称を『わたくし』と言ったり、『ですわ』『ますわ』語尾で話すお嬢様キャラ丸出しっ子には、一人しか出会ったことがないからだ!
それは、俺のことを唯一『圭太さん』と呼ぶ同級生……チョカだ――。
彼女の名は桜川蝶花(さくらがわちょうか)――どこぞの御令嬢様ですかと言いたくなるエレガントな名前であるが、実はその通りの御令嬢である。誰もが知る超々有名大企業の社長を父に持ち、毎日の通学はリムジン送迎という絵にかいたようなお嬢様。
そんな彼女の二つ名は『マイプリンセス』。陰で『マイプリ』と言われている。
さすがに金髪縦ロールとはいかないまでも、胸のあたりまで伸びる綺麗で長い黒髪を風になびかせ、ブランド物の靴やバッグ、アクセなどをさりげなくフル装備した姿は、皆の憧れの的である。
ちなみに彼女は本当に世間知らずで、学校にメイドや料理人を帯同させたいと要望を出し却下されこともあるとかないとか。しかしそんな都市伝説的なエピソードが天然お嬢様っぽいと好意的に捉えられており、皆に慕われ友人も多いようだ。
そんな彼女も俺の幼馴染である。周りにはあまり知られていないが、美琴や玲央そして猫と同じく幼稚園から高等部までずっと一緒だ。そしていつからか俺たちだけが彼女のことを『チョカ』と呼び、小学校を卒業するまではよく遊んだ記憶もある。
しかし天河学院はお嬢様が来るような学校でもないため、中学からは別になるかと思っていたのだが、なぜか天河を選んだ彼女。以前誰かがその理由を聞いたとき『大好きなお友達と同じ学校に行きたかったからですわ』と答えたらしい。
もし俺がラブコメの主人公だったなら、そんな彼女は間違いなくヒロインズの一員となり、俺に惚れていたこと間違いなしだったろう。しかしそんな現実は絶対にあり得ない。なぜなら幼馴染とはいえ、今はスクールカーストトップにいる彼女が、最下層に落ちていた俺を相手することなど考えられず、また、美琴と同じくこの四年ほど彼女と会話した記憶すらなかったからだ――。
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