章間
「玲央は圭太に告る? 告らない?」
僕の幼馴染が突如放ったその言葉。
それはまさしく弾丸のように僕の心を激しく貫いた――。
僕は御剣玲央。学園アニメに出てくる御曹司みたいな名前だけど、これが本名だ。
時を遡ること今から四年ほど前。そしてここは日本のとある場所にある小学校の、運動場奥にある大きな楠木の下。
その日卒業式を終えたばかりの僕たちは、涙が乾かぬ内に美琴から呼び出されたのだ。
そこには僕と美琴、そして猫とチョカの四人の姿だけ。圭太はいない。なぜなら美琴が『圭太を除いた四人で話がしたい』と言い出したからだ。
しかし不安で仕方がない。他のみんなは別れの挨拶や記念撮影のため正門前に集まっているだろうに、僕たちだけ抜け出して大丈夫なのだろうか。
そんな問いかけを無視して、美琴が僕に発した言葉がそれだったのだ――。
「玲央は圭太に告る? 告らない?」
「……はい?」
「さっき二組の比奈と三組の久留実が、圭太に告ったの知ってるでしょ?!」
「知らないけど……。それが僕になんの関係が――」
「だから、もしかしたら玲央も調子に乗って告っちゃうんじゃないかと思って」
「い、いや、ごめん。ちょっと、なに言ってるかわかんない」
美琴が突然変なことを言い出すのはいつものことだった。
しかし今回ばかりは本当に頭の中を心配するほどのレベルだと思った僕は、呆れてすぐにその場から立ち去ろうと決める。
そのとき、少しキレた様子で会話を続けたのは猫だった。
「やっぱりあの二人が……。嫌な予感はしてた。で、圭ちゃんはなんて?」
「即で断ったみたい。まあ、これも予想通りだけど!」
それに対して、チョカは小学生とは思えない言葉遣いで返答する。
「それならよかったじゃないですか。まだ、わたくしたちにもチャンスはありますわ」
そして、その三人の会話を横で聞いていた僕は、驚きを隠せない。
なぜなら、その会話は明らかに、三人ともが圭太が好きだと言っているようなものだったからだ。しかも、それを隠す様子も見られない。
そんな状況に頭が混乱する僕だったが、勇気を出して三人に問いかけてみた。
「あの……。もしかして、みんな圭太が……す、好きなの?」
その質問に猫とチョカは目を反らしたが、美琴は顔を真っ赤にしながらも、真っ直ぐ僕
目を見て答える。
「そ、そんなの当たり前じゃん! 気づかなかった?」
「そうだったんだ……」
「でも、玲央も同じなんでしょ?」
「え……。僕も同じ……って、ええ?! それ、どういうこと?!」
「最近気づいたんだけど、玲央も圭太が好きだよね。二人もそう思わなかった?」
「そうですね。玲央さん、いつも圭太さんを見る目が乙女でしたし」
「うん。玲央っちはいつも、圭ちゃんをエロい目で見てる」
「み、み、みんな、なに言ってんの?! 僕、男だし!」
「でもね、玲央。男が男を好きになるのって別に不思議じゃないってママが言ってたわ。えっとぉ、そういうのを……なんだっけ。ピエール? だったかな」
「違うよ、美琴っち。ビーエルだよ」
「それな」
「ちょっと待ってよ! だから、僕に告るかどうか聞いたの?! ピエールだか、ビーエルだか知らないけど、僕は違うから!」
「「「本当に?」」」
「本当だよ!」
「なぁんだ。じゃあ、あたしたちの勘違いか。でもね、玲央。話を聞かれたからには、このまま抜けることは許されないから……」
「許されないって、どういう――」
「ここで聞いた話は誰にも言っちゃ駄目ってこと。門外不出よ」
「口外禁止だよ。美琴っち」
「それな。口外禁止。当然、圭太にも。もし誰かに言ったら顔面タコ殴りだから。スマホの顔認証ができなくなるくらいによ」
「わ、わかった……」
すると、チョカが言いにくそうな様子で美琴に確認する。
「それで……。みんなを集めたってことは、協定のお話ですか……?」
「そう。協定は継続でいいよね? 猫はどう?」
「私は……。継続でいい」
「了解。チョカは?」
「わ、わたくしも継続で……」
そこまでの会話を聞いたあと、僕は素朴な疑問を口にした。
「協定ってなに?」
すると美琴は、上着のポケットからスマホを取り出し画面を開いて見せる。
そこに表示されたメモ用アプリには『K協定』というタイトルが書かれており、その下にはたった一行、『K太に告白禁止』と書かれているのだった。
「こ、これが協定?!」
「あたしたち三人で決めたの。言い換えれば、『抜け駆け禁止協定』よ」
すると、首を横に振る猫とチョカが目に入る。
「違うよ、美琴っち。そうじゃない」
「そうですよ、美琴ちゃん。正しくは『お友達協定』ですわ」
「あ、そうだった」
しかし僕はまだ、三人がいったいなにを話しているのか理解できない。
「告白禁止? 圭太に好きって告白したら駄目ってこと?」
「そういうこと。本当は玲央も仲間に入れようと思って呼んだんだけどな……」
「ちょ、ちょっと待って。なんで、告白禁止なの?」
「それは……。この中の誰かが圭太に告白しちゃったりしたら、結果駄目でもOKでも、あたしたちの友情にヒビが入るかもしれないでしょ。そう思わない?」
「ま、まあ、確かにみんな圭太が好きなんだったら、変な感じにはなるよね……」
「だから、抜け駆け禁止のため……じゃなくて、友情のために告白禁止にしようって相談して決めたのよ。三年の終わりくらいに」
「でも本当にそれでいいの? ずっとこの協定に縛られたままでさ」
「だったら、どうすればいいのよ。みんな同時に圭太のことが好きになっちゃったんだから仕方ないでしょ。こうでもしないと……」
「でも……。好きな人に好きって言えないのは、辛いことだよ」
この頃の僕たちはとても仲がよかった。今が一生続けばいいのにと思えるほどに。
だから美琴の言う通り、この中の誰かが圭太に好きだと告白していたら、僕たちのバランスは大きく崩れていただろう。
でも、この協定があることの辛さは、今の僕が一番よくわかっていたことだ。
こんな協定なんてなくても、圭太に告白することなどできやしない、この僕が――。
「玲央っちは、どうしたらいいと思う?」
沈んだ表情で、僕の袖をツンツンと引っ張る猫。そして、その横ではチョカと美琴も目を伏せたまま辛そうな顔をしていた。
友情を取るか愛情を取るか――その究極の選択で友情を取った彼女たち。その姿を見てしまった僕は、三人の決断が少しでも報われて欲しいと思ってしまう。
そして、自分の気持ちを押し殺し、一つの提案に誘導することにした。
「逆に、圭太が誰かに告白してきたらどうする?」
その質問に、暫く誰も答えない。いつもは会話の空白を嫌う美琴も、なにも言えずに考え込んでいる。それを見た僕は、次の助け舟を出してみた。
「圭太の方から告白してきた場合は、付き合うのはOKなのかな?」
すると美琴は、その質問の先の展開を予感したのか、目を輝かせながら返答してくる。
「それは決めてなかったわ! どうしよっか?!」
もしかすると彼女は、この状況を打開するなにかを僕に期待してここに呼んだのかもしれない。そんなことを思いながら、僕は提案を続けた。
「だったらさ。圭太から告白された場合、それを受けるかどうかは、その人の自由ってことにしたらどうかな? 他の人は辛いだろうけど、頑張ってそれを祝福する」
「できるかな……」
戸惑いながらも少し微笑んでそう答える美琴。それを見た僕はもう一押ししてみる。
「だって、圭太に告白された時点で両思い確定ってことでしょ? それは友達としてお祝いすべきなんじゃないかな」
その提案に、最初に食いついてきたのはチョカだった。
「玲央さん。それは、その……。圭太さんから告白してもらえるよう、努力することも良しとしますか?」
「全然いいんじゃないかな。自分から告白できないなら、向こうに告白させるよう努力したらいいんだよ。それで誰かがうまくいったとしても、それはその人の努力の結果なんだから、その場合は恨みっこなしにしたらいいんじゃないかなぁ」
すると次に、猫が手をあげて質問する。
「告白させる努力って、どういうことしたらいい?」
「それは、僕もよくわかんないけど……。例えば、圭太が告白したいと思えるほど、可愛くなるとか……かな。自分磨きだよ」
そのとき、遠くから圭太の声が聞こえてくる。ずっと僕たちを探していたようだ。
「やばい! みんな、どうする?!」
慌てた様子で確認する美琴だったが、その明るい表情から、彼女の答えはすでに決まっているようだった。そして、猫とチョカも僕の提案に激しくうなずき同意する。
「じゃあ、決定ね! この協定には今日から『K太に告白禁止』の補足として『だたし、K太から告白された場合、他の仲間はそれを心から祝福すること』を追加よ」
「K太って……イニシャルにする意味ある?」
すると美琴は僕の突っ込みも無視して、スマホにメモしてあった協定をせっせと書き換えている。そして少しすると全員のスマホがブルブルと震えるのだった。
「今、みんなに送信したから。それじゃ、今日から玲央も守ってね」
「……え。僕も?!」
「当たり前でしょ。玲央も一緒に聞いてたんだから。もう仲間だよ!」
美琴は僕にウィンクしながら、その場を走り去る。
それに続いて、猫とチョカも正門に向かって笑顔で走り出した――。
「ま、まあ、僕は告白することもされることもないから別にいいけどさ……」
僕の言葉は、三人に届いたかどうかはわからない。
だけど、僕も今日から自分磨きを始めようと心に決めたのだった。
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