第8話
「あたしに玲央の気持ちはわかんないけど、黙ってる必要ないと思うけどな。あたしは別になんとも思わないし、たぶん、玲央の家族も受け入れてくれると思うけど……」
「ありがとう。でも、本当に違うから……」
「そう。あたしの勘違いってことね。それはわかった。でも玲央のやったことは駄目なことよ。今回は見逃してあげるけど、代わりに玲央の二つ名に『変態』を追加するから」
「え……。ちょ、ちょっと待ってよ! 変態?!」
「なに? 違うの? あんた、男子なんでしょ? 男子が女子の制服着てたんでしょ?」
「ま、まあ僕に拒否する権利はないしね。わかった。受け入れるよ。でも命名した理由は誰にも言わないで欲しいんだけどな」
「それは黙っててあげる。でも暫くは変態の十字架を背負ってもらうわ。それで反省した頃、別の二つ名だけに変えてあげるから」
「ちなみに今の二つ名ってなんなの?」
「それは……言ってもいいのかな。確か『圭太の嫁』だったはずよ」
「え? 圭太の嫁?! そ、そうだったんだ。えへへへ……」
「なに喜んでんの。やっぱ、玲央って女子なんでしょ」
「い、いや、違うから! べ、べつに喜んでなんかないよ!」
――嫁なんて言われたら嬉しいに決まってる。だって僕は圭太に恋をしてるんだから。
この気持ちに気づいたのはいつ頃だったかな。幼稚園の年長くらいだっただろうか。
それくらいからだ。僕が髪を伸ばし始めたのは。そしてこの想いを封印して、圭太の男友達として傍にいることを選んだのも。
でも圭太が他の女子と付き合ったりすることなんて考えるだけで辛かった。圭太の隣という特等席を誰にも譲りたくなかった。だから僕は、近づこうとする女子たちを鉄壁のガードで阻止することにしたんだ。
最初は簡単なことだと思ってた。小学生の頃はまだ、圭太は男友達が多かったし恋愛にも興味がない様子だったからだ。でも中等部くらいから圭太はモテ始めてしまう。
そりゃそうだろう。あんなパーフェクトな奴がモテないわけがない。誰にでも優しく裏表があまりない。人の悪口を言ってるのは聞いたことがない。運動神経もよくて活発で遊ぶのに真剣。それでいて頭もよく、高等部からはイケメンに磨きをかけた。
そんな彼に夢中になる女子が多いのは当たり前だ。
そうなんだ。圭太はずっとモテてる。それに気づいていないのは圭太だけ。二つ名に『チート王子』と付けられてることにも気づいてない。彼はずっと自分はモテないと勘違いしてるんだ。でもそう思うのも無理ないか。だってそれは、僕がずっとばれないように裏で邪魔をしていたんだから。
例えば、女子が彼に近づく気配を感じると『実はもう彼女がいるらしいよ』と嘘の噂を流したり、誕生日やバレンタイン、クリスマスなどのイベントのときは圭太の下駄箱にこっそり鍵を付けてプレゼントやラブレターを入れさせないように妨害したり、一人きりにしないようにしたり、他にもいろいろ……。
でも、やりすぎたかもしれない。やりすぎた結果圭太は、自身がまったくモテないことに劣等感を抱いてしまったのだろう。だから彼は、中等部二年のときに突然『俺はモテる男になる』と宣言したんた。
あのときのことは今も鮮明に覚えてる。もう僕一人では彼がモテるのを止めることはできないと覚悟したんだ。だって彼はやると言ったらやる男だからだ。結果その宣言通り、高等部に入る頃には別人かのようなイケメンに変貌していた。
いつも隣にいた僕が、惚れ直すほどに――。
「じゃあ、僕は授業に戻るね」
「あ、ちょっと待って。一つお願いがあるんだけど……」
「まだなにかあるの?」
「これは罰とかじゃなく、お願いだから。嫌なら断っていいし」
「そうなの? なにかな」
「その……あたしと……圭太の……その……仲を……」
「ごめん、ちょっとよく聞こえない」
「だから! あ、あたしと圭太の仲を取り持って!」
「……ごめん。それはちょっと無理」
「違うから最後まで聞いて! あたしを援護しろとか、くっつけろってことじゃないから。ただ、会話するきっかけが欲しいだけ」
「会話するきっかけ?」
「そう。圭太とはもう四年くらい話してないの。でもなにかきっかけがあったら、また昔みたいに話せるようになるかなと思って」
「普通に話しかけたらいいじゃん。圭太なら全然問題ないよ」
「そうだろうけど、でも無理! 何度か挑戦しようと思ったんだけど駄目だったのよ。いざ話しかけようとしても、なにを話せばいいかわからくって。緊張するし……。だって圭太、どんどん見た目も変わって……ってほんと、なんのあいつ! マジやばい! めちゃイケメンだし! イケボだし! 近づいたら、いい匂いするし! 肌綺麗だし! いいやつだし!」
「わ、わかったから。落ち着いて……。まあ、確かに見た目はかなり変わったよね。でも中身は全然変わってないんだけどね」
「でもお願い! 猫とも最近話したことないし、こんなこと頼めるの玲央しかいないのよ」
「そういうことか。わかった。それくらいなら協力してもいいよ」
「ほんと?! ありがとう、玲央!」
「でも、本当に会話のきっかけ作るだけだからね。それ以上は協力しないから」
「うん。それでいい。あとはあたしが頑張るから」
「で、どうしようかな……」
「なにかないかな? 圭太の秘密とか、弱みとか……」
「圭太を脅すつもり?! それ、ちょっと違うような気がするけど」
「脅すとかじゃなくて! 秘密を共有したら仲良くなれるって雑誌に書いてあって……」
「あはは。乙女だね」
「た、た、例えばの話! 他にいいアイデアがあるなら、なんでもいいんだから!」
「そうだなぁ。圭太の秘密はいっぱい知ってるけど言える範囲なら……。あ、そうだ。圭太はこっそりラノベ書いてるよ。たぶん、それ知ってるのは僕だけかな。作品は読ませてもらったことないけどね」
「ラノベ? そうなんだ……。あたしもたまにネットで読んだりするけど」
「それじゃあ、その趣味から話が広がるんじゃないかな。ああそうだ。圭太、来週の月曜が日直って言ってたから早目に通学するはずなんだ。そこで話しかけてみたらどう?」
「いきなり話かけるの? 『圭太って、ラノベ書いてんだ』って言えばいい?」
「いや、それはいきなりすぎるでしょ。なんで知ってんのって話になるよ」
「そっか。じゃあ、どうしよう」
「そうだなぁ……。あ、そうだ。ちょっと気が引けるけど、圭太のスマホを拝借しよう。圭太はいつも無用心でさ、体育の授業中は教室にスマホ置いたままだからね。今も教室にあると思うから、それを美琴に渡して――」
「あたしが盗んだことにするってこと? それはまずいでしょ」
「違う、違う。美琴が偶然見つけたってことにしたらどうかな。それで月曜の朝に『放課後、教室に忘れてたから預かってたよ』とか言って、返してあげるのを口実に話しかけるんだよ。それなら自然でしょ? そのときに『偶然スマホ開いて、圭太の書いてるラノベ見ちゃった』とか言ってきっかけ作ったらどうかな」
「す、すごい……。そんなこと、よく簡単に思いつくわね。さすが変態だわ」
「変態関係ないでしょ!」
「でもさ、ロック解除できないよね。暗証番号わかんないし」
「ああ、圭太の暗証番号は家の電話番号の下4桁って言ってたよ。何番か忘れたけど、調べたらすぐにわかるでしょ」
「圭太のこと、なんでも知ってるのね。ちょっと引くわ」
「ごめん、引かないで」
「玲央って変態スキル、カンストなんじゃないの?」
「もういいから」
「でもわかった。電話番号は親が知ってると思うから大丈夫。親同士は仲いいから」
「……僕が協力するのは、ここまででいいかな」
「十分よ。話すきっかけができたら、あとは自分でなんとかする。無理言ってごめん」
「美琴が謝る必要ないよ。本当なら大問題になってたのを黙っててくれるんだし。こっちこそ本当にごめん」
そのあと、僕たち二人はA組に戻り圭太のスマホをゲットする。そして翌月曜の早朝、美琴は僕が立てた計画通り圭太と四年ぶりに会話することになるのだった
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