第7話

「玲央って、変態だったんだ」


 僕の幼馴染が突如放ったその言葉。

 それはまさしく弾丸のように僕の心を激しく貫いた――。


 僕は御剣玲央。女性歌劇団の男役みたいな名前だけど、これが本名だ。

 そしてここは日本のとある場所にある、私立天河高等学院の二年A組。

 今から三分前、僕は消灯され誰もいないその教室で、冷や汗をかきながら机の中に手を突っ込んでいるところだった。

 今は体育の授業が開始されて間もない時間。僕は授業で使う縄跳びを教室に置き忘れたことを思い出し、先生に許可をもらった上で教室へ戻り、机の中を探しているところだったのだ。

 ではなぜ冷や汗をかきながら必死に探す必要があったのか――それはこの教室中に、JKが脱いだばかりの生暖かい肌着やら制服やらが散乱している状態だったからだ。

 というのも二つのクラスが合同で行う体育では、女子はA組、男子はB組で着替えることになっていたため、僕がいたA組は今まさに女子更衣室状態となっていたのだ。

 そのことを思い出したのは教室に戻ったあとのこと。そして教室の扉を開ける前、当然ながら縄跳びの確保は断念し運動場へ戻ることも考えた。でも僕は、すぐに出て行けば問題ないだろうという甘い考えで、中に入ることを選択する。結果無事、誰にも見つからず縄跳びを取ることに成功したのだ。


 ――そう。ここまでは順調だった。

 これは簡単なミッションだったはず。

 まだ教室に入って三分しか経っていない。

 ここですぐに教室から出ればよかったのだ。

 でも僕はこのあと……やってしまった。

 その誘惑に負けてしまった。

 それは一瞬の気の迷い。

 抑えられない衝動から、そっと机の上の制服に手を伸ばす。

 そして僕は今、人生最大のピンチを迎えている――。


「玲央って。変態だったんだ」

「み、美琴?!」

「とりま、説明してもらおうかしら。変態さん」

「い、いや違うんだ! これは! その……。ちょっと魔が差したというか……」


 ――詰んだ。終わりだ。

 最悪だ。見られた。

 しかも美琴に!

 これで僕の人生終わりかもしれない。

 この状況から大逆転などあり得ない。

 なぜなら僕は今、女子の制服をがっつりと着ているからだ。

 お姫様が挨拶するかのようにスカートの両端を軽く摘まんで持ち上げたまま、笑顔でくるりと一回転したところで声をかけられたのだ。

 そのポーズで固まったまま、僕は美琴と会話している――。


「魔が差した? 常習犯でもそう言うかもね。ってか、その制服早く脱いで」

「み、美琴はなんで教室に戻ってきたの……かな」

「縄跳び忘れたのよ」

「そ、そっか。僕もそうなんだ。一緒だね。ははは……」

「誰の?」

「え? 僕の縄跳びだよ」

「違うし! 今脱いだの、誰の制服?!」

「あ、ああ……。これは……美琴の」

「うっ……。あたしのってわかって着てたんだ……」

「うん。他の女子のを着るのは、さすがに悪いかなって……」

「言ってる意味がよくわかんないんだけど……。で、本当にこれが初めてなんだよね」

「もちろんだよ! こんなことしたことない」

「そう。とりあえず外に出ましょう」

 そして僕は、人通りが少ない校舎裏につれていかれた。おそらく僕はここでボコボコにされるのだろう。

 なぜなら美琴は中等部のとき、スカートめくりをして指で浣腸してきた男子生徒を元の顔がわからなくなるくらいにタコ殴りにしたことがあったからだ――。


「で。あたしが好きなの?」

「は?」

「どうして、そこで『は?』ってなるのよ。好きだから、あたしの制服着たんじゃないの? それで家に帰ってから、今日のことを思い出して――」

「ち、違うよ! 僕は別に美琴のことは、好きじゃないよ!」

「なにその言い方。ちょっとムカつくんだけど!」

「い、いや、違う! 美琴が嫌いってことじゃなくて、恋愛感情とかないってことで……」

「じゃあ、なんであんなことしたの? 一応言い訳聞いてあげるわ。想像はつくけど」

「それは……。女子の制服を見てたら、着てみたくなって」

「まあ、そうでしょうね。でも、見つけたのがあたしじゃなかったら、どえらいことになって、人生崩壊してたかもだし。ちゃんと考えて行動しなさいよ」

「もしかして……黙っててくれるの?」

「まあ、着てたのがあたしの制服だったし、幼馴染のよしみで今回だけ特別よ。でもさぁ。女子の制服着たいなら、猫に相談すればいいでしょ?」

「それはさすがにちょっと……」

「別にいいんじゃない? 玲央って本当は女子なんでしょ?」

「……え? ち、違うよ! 僕は完全に男だよ!」

「そうじゃなくて、心の話。圭太を見てる表情とか、仕草とかさ。女子っぽいけど」

「そうだったんだ……」


 ――完全にばれていた。

 そう。僕は女子。身体が男子で、心が女子なんだ。

 だから僕が女子の制服を着てしまったのは、決して性的ないやらしい気持ちじゃなく、憧れからだったんだ。

 だって僕は、できるなら今すぐにでも女子なりたい。でもその思いを隠して生活してる。

 圭太も知らない。言えるわけがない。圭太には絶対に。

 ばれたらもう、友達でいられなくなるから――。

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