第6話

 すると、玲央が場の空気を換えようとパンと手を合わせた。

「よし! これで誤解も解けたね。圭太が声かけてたのはそういうことだからね、美琴」

「わかったわ……。それならもういいけど、今度から普通に声かけて欲しいし」

 ――えらく簡単に納得したな。

 でもそうか。美琴もスマホの一件をこれ以上触れられたくはないのだろうな。

 パスワードが俺の誕生日と同じだった理由は、やっぱり気になるけど――。

「で、ここはなにする部? もしかしてラノベ書いたり――」

「ちょい待ちぃぃぃ!」

 突如放たれそうになった弾丸を回避するため、やむを得ず俺は美琴の肩に手を回し部屋の隅へと誘導する。そして玲央と猫に聞こえないよう小声で迫った。

『ちょっとぉ、美琴さん。まさか秘密の趣味のことを口にするおつもりで?』

『え? ……あ、ああ! そっか。二人は知らないんだ。ラノベのこと』

『猫は知らないから』

『ご、ごめん。誰にも言わないって約束したしね。大丈夫。あたしできる子だから』

『よろしく頼むよ。それと……ついでに聞いていいか?』

『……なに?』

『この前のパスワードのことだけど――』

『な、な、なにそれ! 今聞く?! ここで?! バカなの?!』

『いや、ずっと気になってたから……。なんであの四桁だったのかなって』

『そ、それは……。ど、どうしてなのか、自分で考えてみなさいよ!』

『考えたけど、わからなかったから聞いてるんだよ』

『あ、あははは……。お、教えてあげない……』

『いや、教えてくれよ――』

『だから、教えない!』

『なんで?』

『しつこいし! 言えない理由があるのよ! それ以上聞いたら殴るわよ!』

『わ、わかった! もう聞かないよ。それと! 玲央のことを『変態』と言っちゃ駄目だぞ』

『わかったから! それより、ちょ、ちょ、ちょっと近いし!』

 顔を真っ赤にしている美琴に気づいた俺は、咄嗟のこととはいえ少々やりすぎたと気づき彼女を解放した。昔と変わらない皆のやり取りを見ていたら、つい俺も子供のときのノリで接してしまったのだ。

 そして何事もなかったかのように振り向いたのだが、当然ながら玲央と猫は怪訝な面持ちでこちらを見ている。そして特に猫の目が怖い……。

「圭ちゃん……。突然どうしたの?」

「え?! いやぁ、えっとぉ。美琴の……は、鼻毛が……ね」

 美琴が横から鬼のような形相で睨んでいるオーラを感じたが、俺は気づかないフリをして強引に話を続ける。

「鼻毛が出てたからこっそり教えてあげよう……かと思ったんだけど、勘違いだったよ! ゴミが付いてただけだった。あははは……」

「美琴っちの鼻毛……。くっくく……」

 俺はどっと出た冷や汗で脇が冷たい。しかし猫が珍しく笑っている。苦しい言い訳だったが、猫の表情を見る限り咄嗟の判断でなんとか誤魔化せたようだ。

 そのあと、玲央が話題を変えようと美琴にデジ研の活動内容をざっと説明してくれた。しかし美琴は少し悩んでいる様子だ。

「パソコンでイラスト描く部かぁ。どうしよっかな。あたしは帰宅部で毎日暇だし、平日はバイトのシフト入れないことも多いから、入れないことはないんだけど……。その板タブ? ちょっと高いわね。買ってすぐに辞めたらもったいないしな……」

 ――まあ、即答は難しいよな。確かに板タブは高いし、美琴が絵を描くことに興味があるとは思えないし。いやでも、ちょっと待てよ。美琴って帰宅部だったっけ――。


「なによ、圭太。人の顔ジロジロ見て」

「い、いや。美琴って帰宅部……」

「そうよ。だから圭太はあたしをデジ研に誘おうとしたんでしょ?」

「あ、ああ、そうだよ。もちろんそうだけど」

 俺はそう言いながら心の中では驚いていた。なぜなら美琴は高等部でも陸上部に入っていたので、今も続けているものだと思っていたからだ。

 確かに陸上部に所属する人を他の部に勧誘するのはおかしいので、咄嗟にそれを知っていた体で話しをしたが、俺は彼女が部を辞めたことを知らなかった。

「美琴はなんで陸上部辞めたんだ? あんなに頑張ってたのに」

「はぁ?! 圭太。それ、あんたが言う?!」

「それってどういう意味だ? 俺は中等部では最後まで辞めなかったぞ」

「中等部では辞めなかったけど、高校で剣道部入らなかったじゃん。圭太もあんなに頑張ってたのにさ……。それって途中で辞めたあたしと同じでしょ?」

 ――はい? それって一緒? 少し違うような気がするけど――。

「でも美琴は中等部で全国大会行っただろ? 確か準決まで行ったと思うけど、それってすごいじゃん。そんな才能あったのにどうして途中で辞めたのかなって思ってさ……」

「それこそ、あんたに言われたくないわ。圭太も全中はいけなかったけど、都大会の決勝まで行ってたじゃん。あと一歩のところだったのに、どうして高校で続けなかったのよ」

 それはモテたかったから――とは口が裂けても言える雰囲気ではない。

 すると、猫が冷たいトーンで横から割って入る。

「なんでそんなに部活の成績に詳しいの?」

「猫?」

「中等部で二人が話してるの見たことないけど」

 ――あれ? 確かにそうだな。

 どうして美琴は俺が都大会の決勝で負けたことを知っていたのだろう。

 全校集会でも成績が発表されたのは全国大会に出場できた部だけだったし――。

 ふとそんなことを思いながら美琴を見ると、顔を真っ赤にした彼女は明らかに動揺しているように見えた。

「そ、そ、それは……あれよ! た、確か玲央に聞いたと思う。そうだったよね。玲央!」

「僕?! ああ。そっか。僕が話した……かな?」

「そうよ! 教えてくれたじゃない! 聞いてもないのに!」

「そうだね。そうだったような気がする……かな? あははは……」

「そうよ。あたし、玲央から聞いたの覚えてるから。めっちゃ覚えてるから」

 すると猫は、首を横に振りながら返答する。

「美琴っちに聞いたんじゃないよ」

「え? あたしじゃない?」

「美琴っちじゃない。圭ちゃんに聞いたの……」

「圭太に?」

「なんで圭ちゃんは、美琴っちの成績知ってた?」

 ――へ? 俺? 俺に言ってたの? いやいや、なんで?

 美琴が全中出場したことは全校集会でも発表されてたから誰でも知ってるだろ――。

「圭ちゃん、おかしい。だって全中行った生徒で、全校集会で表彰されたのは入賞した人だけ。なのに圭ちゃんは、どうして入賞してない美琴っちの最終成績知ってたのかなと思って」

 ――猫がめずらしく長文で会話している……。い、いやそんなことより、なぜか問い詰められてるように感じるのだが、気のせいだろうか……。

 でも確かに、中等部では仲良くなかった美琴の部活の成績を細かく知ってるのは不自然だと言われればそうなのかもしれない。しかしその理由を答えるのは簡単だ。だって俺はあの大会を観に行ってたんだから。お互い会話はなかったけど、美琴は俺の心の中では三年間必死に部活頑張った戦友みたいに感じてた。だから最後の大会だけは観に行きたいって思ったんだ。

 自分が全国に行けなかった分、美琴には悔いのないレースをして欲しかった。それを純粋に応援したかったんだ。恥ずかしいから誰にも言わず内緒で行ったんだけどな。

 しかしだ……。これをそのまま説明してもよいのだろうか。

 猫は内緒にされてたこと、嫌に思うかな――。

「それも、僕が圭太に教えたんだよ」

 ――玲央? なんの話だ?――。

「玲央っちが圭ちゃんに?」

「うん。知り合いが大会出るから応援に行ってたんだよ。それで偶然、美琴の結果も見れたから圭太に教えたはずだよ」

「そうだったんだ。わかった」

 ――そうか、玲央。もしかしてまた、俺が困ってるのを察して助けてくれたのか? 

 お前って奴は……。今度ラーメンおごってやるぞ――。

「まあ、そんなことより! 美琴はデジ研に入る? 別に今日決めなくてもいいよ」

「そうね……。体験入部ってできる?」

「うん。もちろん! いいよね。圭太も猫も」

「あ、ああ。俺は全然かまわない」

「私も同意」

「それじゃ、タブレットは僕たちの貸すからさ。次の水曜日から暫く体験してみてよ。それで決めてくれたらいいから」

「わかったわ、玲央。じゃあ、そうする」

 すると、猫がすっと手を挙げたのを見て、玲央が面倒くさそうに確認する。

「えっとぉ……。猫さん?」

「一つ気になることがある」

「ま、まだなにかあるのかな……」

「この四人が揃ったということは、チョカっちも誘った方がいいかも」

「チョ、チョカか……。なるほど……」

 猫が『チョカっち』と呼んだ生徒。それはもう一人の幼馴染のことだ。

 というのも幼稚園から高等部までずっと一緒の生徒は俺、玲央、美琴、猫の他にもう一人いるのだ。それが『チョカ』というあだ名の幼馴染である。

 もし美琴が正式に入部したら、チョカ以外の幼馴染全員がデジ研に集まることとなってしまう。そうなるとチョカだけ除け者のような扱いとなるからまずいのでは、という猫の提案だったのだ。しかし俺と玲央は即答を避け、一旦保留としてもらった。その理由はまた後程。

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