第5話

「よし! キャラの下書きはこんな感じかな。圭太と猫であとはよろしく」

 四台の机を向かい合わせにし、その周り囲むようにして椅子に座っている俺たちデジ研部員。そして玲央は机の上に置かれたタブレットの上にペンを放り投げたあと、パソコンの画面を指差して俺と猫に青い線で描かれたイラストを見せた。

「玲央。もうできたのか? おお、これは……。相変わらず上手いな」

「私も同感」

「ふふふ。二人ともありがとう。あ、共有フォルダに保存したからね」

 今日は、アニメーターのような分業制に挑戦している。

 全体の構図などを決めるラフ画は玲央が描きながら全員で相談して決める。そこから玲央が描いたキャラの下書きをベースに、俺が線画、猫が塗りを担当するのだ。そして俺と猫が作業している間に、玲央は背景の下書きを進め、それができたら俺が線画、猫が塗り……という流れの繰り返しで進めることにしていた。

 俺は二人より几帳面な方で細かい作業が得意だから線画担当。猫は昔からファッションセンスがあり色の使い方も上手だったので塗り担当だ。それぞれ得意分野を生かしてみようという試みである。

 最初は他人が描いた物にペンを入れるのはどうかと思っていたが、やってみるとこれがなかなか面白い。自分では考えつかないような線や色が重なることで新たな発見も多いのだ。そして一人ずつが別々に黙々とイラストを描くよりは、分業制の方がコミュニケーションもとれるから楽しい――。


「なあ、猫。ラフのときにこんなパンチラなかったよな」

「女子にパンツの色を塗らすなんて。玲央っちはセクハラ野郎」

「あはは。そういうのもちょっとはないと、ブクマの数も増えないかなと思ってさ。やっぱ、猫はそういうの駄目だった?」

「男子はいいかもしれないけど、女子は引く。玲央っちはエロっちに改名した方がいい」

「僕はエロじゃないから! でもまあ、それって女子には大事なポイントだよね。そうだ圭太。そういうJK目線のイラストも今度挑戦してみようよ」

「なるほど。それいいじゃん。猫もいいかな?」

「私も賛成」

「それじゃぁ、次回は猫に考えてもらったラフをベースにして、みんなで仕上げるか。猫、次回までに構成練っといてよ」

「わかった。圭ちゃん」

 すると、玲央が浮かない様子で猫を見る。

「……ちょっと、猫さぁ」

「なに。玲央っち」

「前からちょっと気になってたんだけどさぁ。圭太は『圭ちゃん』なのに、どうして僕は『玲央っち』なの?」

「それは……。『玲央ちゃん』って呼びにくいから」

「へ? それだけ?」

「そう。でも変えて欲しいなら『玲央ちん』に。それか更に略して『おちん』でも――」

「丁重にお断りします……」

 そのとき、猫がなにかに気づいた。

「おちん、あそこに誰かいる」

「おちんって言うな!」

 玲央の突っ込みに苦笑しながら、俺は猫が指差す方に目を向けた。

 すると入り口扉の曇りガラスの向こうに、一人の女性らしき人影が見える。そしてそのシルエットはどう見ても顧問の先生ではないとわかった。

 もしかして幽霊――ふとそんなことを考えてしまい生唾を飲み込む俺。そして感情をあまり表に出さないタイプの猫も、俺の上着の袖を軽くつまんで怖がる様子を見せる。

 そんな中、玲央は勇気を出して静かに入り口に近づくと、引き戸を強く『バンッ!』と開いた。

 するとそこにいたのは――美琴であった。

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」」

 狭い部屋の中、四人の叫び声が響き渡る。

 この声を聞いた誰かは、また幽霊が出たと噂しているに違いない――。


「ちょっと、玲央! 急に開けないで! びっくりするし!」

「美琴の方こそ、なんで入ってこないんだよ! 外で黙って立たれてたら怖いよ」

「だ、だって、幽霊だまりに一人で入るのは勇気いるし……」

 美琴は恥ずかしそうに髪をくるくると指でとかしながら、中に入ってくる。

 そして、俺と猫の存在に気づいた様子で声をかけてくるのだった。

「あ、圭太と猫じゃん。本当に三人で部活始めたんだね」

 ――おいおい、美琴さんよ。

 何事もなかったかのように話しかけてくるが、いったいどういうことだ?

 あのスマホの一件とそれ以降の素っ気ない態度の件はどうなったんだ?

 あなた様に話しかける度に、まるで嫌いな虫でも見るかのように睨み返されましたが――。


「美琴っちがどうしてここに?」

「猫と話すのって久しぶりかも。高校に上がってから同じクラスになってないしね」

「質問に答えてない。今はデジ研の部活中。なにか用事があるなら終わってから――」

「ごめん!」

 突如割って入る玲央。彼は顔の前で拝むように両手を合わせ頭を下げている。

 その謝罪の意味が分からず茫然する俺と猫。

 すると美琴は腕組みしながら、ぎこちない様子で返答する。

「そ、そうよ。あたしはそこの変態に呼ばれて来ただけだし……」

「そう。僕が呼んだんだ! 黙っててごめん!」

 ――いやいや、玲央よ。

 今確実に『変態』と呼ばれたぞ。

 そこはスルーしちゃいかんだろ。

 すごい弾丸放たれたのに、なぜダメージを受けない!

 それだと自分が変態だと認めたことになるぞ!

 もしかしてよく聞こえなかったのか?

 そうか。そうだろうな。普通変態と呼ばれて自分だと思う奴などいない。

 ここは俺もスルーしておこう――。


「玲央が呼んだ? 美琴を? なんで?」

「ごめん、圭太! 二人がぎこちない感じになってるって聞いてたからさ。なんとか仲直りできないかと思って呼んだんだ。僕たち幼馴染だし口きかないのも寂しいじゃない?」

「いやいや。仲直りもなにも俺は会話しようとしてたのに美琴が拒否ってきたから……」

「ええ? あたしの問題?」

「おいおい。玄関前で話しかけたとき、すごく嫌そうに睨んできたじゃんか」

「だってそれは……。朝いきなり家の前で待ち伏せされたら怖いっしょ! 突然だったからびっくりして――」

「圭ちゃん、家の前で待ち伏せ……したの?」

「ね、猫! 待ってくれ! 落ち着いて聞いてくれよ。ま、待ち伏せっていうか、家の前で美琴が出てくるの待ってただけだよ」

「圭ちゃん、それを世間では待ち伏せというんだよ」

「ま、まあ確かに家の前で待ってたのは悪かったよ。でも、そのあとも下駄箱の前とか廊下で話しかけても、拒否ってきたしな!」

「廊下っていってもトイレの前だし! 家とか下駄箱とかトイレ前とか、ずっと待ち伏せされたら怖いし! キモいし!」

「圭ちゃん、トイレ前で待ち伏せ……したの?」

「違うんだ、猫! ま、待ち伏せっていうか、美琴が一人になるタイミングを見計らって、トイレから出てくるの待ってただけだよ」

「圭ちゃん、それを世間では待ち伏せというんだよ」

「な、なるほど」

「でも、圭ちゃん。どうして美琴っちを待ち伏せしてたの?」

「それは……」

 ――どうしよう。スマホの一件は玲央にしか話してなかったしな。

 パスワードが俺の誕生日になってたこととか、やっぱり猫には言わない方がいいよな……。

 しかしどう説明したら――。

「それは、圭太が美琴をデジ研に誘おうとしたからだよ。ね、圭太?」

 ――玲央? なんの話だ? 美琴をデジ研に?

 そんな話は一回もしたことないぞ……って、そういうことか! 俺を助けようとして……グッジョブ、玲央師匠――。

「ああ、そ、そうだよ! せっかく俺たち幼馴染で同好会創ったんだから、美琴も誘ってみようと思ったんだよ。だから声かけたんだ」

「そうだったんだ……。でも圭ちゃん、それなら私にも相談して欲しかった」

「そ、そうだったな。猫にも相談すべきだったよ。ごめん、猫」

「ううん。いいよ……」

 危なかった。なんとか最悪の事態は回避できたようだ。

 俺と玲央の暗黙のルール――猫の機嫌を損ねてはならない、また、猫より美琴を優遇してはならない――これは絶対であり、もし破ろうものなら最悪の事態になる。というのも、なぜか猫と美琴は昔から反りが合わない。そして猫は美琴への対抗心が強いからだ。

 小学四年の夏休みのときも、俺と美琴でプールに行ったと猫に知られたときは一週間ほど口を聞いてくれなかったし(猫は家族旅行中だったから声をかけなかったのだが)、臨海学校の遠泳で猫だけ置いて先にゴールしたときは、「圭ちゃんが迎えに来るまで1ミリも泳がない」と海に浮かぶブイにつかまり一時間駄々をこね続けたことがあったり(猫が金槌だったから先に行ったのだが)と、猫の構ってちゃんエピソードを言い出したらキリがない。だからもし今回のことで猫が拗ねたりしようものなら、確実に面倒なことになっていただろう――。

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