第4話

 その日の放課後。

 俺は玲央と一緒に校舎一階の西側一番奥にある、普段は誰も近づくことがない部屋へと向かう。そこはいつからか生徒たちの間で『幽霊だまり』と呼ばれていた曰く付きの部屋。しかし俺たちはそこへ向かわなければならない。なぜならそこがデジ研の部室だったからだ。

 通常、同好会には部室が割り当てられないことも多いのだが、俺たちはこの元々倉庫代わりに使われていた『幽霊だまり』に目をつけ、綺麗に掃除し片付けすることを条件に使用を許可された。そして使い始めて一か月ほど経つが今のところは誰も幽霊を見ていない。だから幽霊はただの噂だと思うのだが……もし一人でこの部室に入れと言われたら丁重にお断りさせていただく。

 天河学院の高等部では三人以上集めれば部として申請は可能だが、最初は必ず同好会からスタートする。そして学期毎の初めにその活動具合や貢献度、部員数などを総合し生徒会が正式な部とするかどうかを判断する、と玲央が言っていた。

 なぜ玲央がそう言っていたのかというと、デジ研を創ろうと言い出し、その申請やらなにやらを全てやってくれたのが彼だったからだ。彼が部を創ろうと思ったのは、俺が自作ラノベに超ド下手な自作イラストを付けているという、思い出すだけで顔が真っ赤になるような行為を自慢げに話したことだったらしい。それがきっかけとなり、元々アナログで絵を描くのが好きで得意だった玲央はデジ絵の魅力に取り付かれ、部を創って一緒に練習したいと言い出したのだ。そしてデジ研は玲央が全て段取りし二年の初めに創ったばかりなので、まだ同好会だ。

 その正式名称は『デジタルイラスト研究同好会』。部活理念は『デジタルイラストを通して自己表現力や想像力を育成し、世界に誇れる文化を生み出せる人になろう』である。が、実際はアニメや漫画の推しキャラを自由に描く『ファンアート』と呼ばれるイラスト創作がメインの活動だ。ただ、二次創作はいろいろとグレーゾーンなところがあるため、生徒会へはオリジナル作品の創作がメインだと説明したらしい。

 そして部活がある月水金の放課後、部室に来た俺たちが最初にすることは埃っぽい部屋の換気だ。窓を全開にして空気を入れ替える。そして次に、学院から無償で支給されたパソコン三台(といっても二世代ほど前の中古品だが)を起動して、イラスト制作用のタブレットを接続する。

 ちなみに、このタブレットは液晶画面に直接ペンで描く、所謂『液タブ』ではない。

 研究会は部費も出ないし、そんな数十万もする高価な代物を学院が支給してくれるはずもないため、各自が家から持参した『板タブ』を使っている。これは、A5サイズくらいの液晶画面のない板型タブレットことで、真っ黒な板の表面をタッチペンでなぞると、その線がパソコン画面の専用ソフトに映されるというものだ。手元と画面が離れているので最初はかなり苦戦したが、慣れれば特に問題はなかった。

 ただ、液タブに比べたら安い板タブといっても数万円はする。しかしこれがないと始まらないため、デジ研用として各自が短期バイトをして購入したのだ。

 二年になるまで部の申請ができなかったのも、これが理由だった――。


「圭太。今日は春アニメのキャラでも描く?」

「そうだなぁ。ちょうどシーズン半ばで推しも固まってきたしなぁ。猫はどう?」

「私も同意」

 短い言葉でそう答えた生徒。俺が『猫』と呼んだ、もう一人の部員だ。


 彼女の名前は隅田川猫(すみだがわねこ)――猫という名はハンネでも偽名でもなく紛れもない本名である。しかしよく考えてみると、この名は彼女にぴったりなのかもしれない。なぜなら彼女は『名は体を表す』という言葉の通り、目が大きくて小柄な見た目や素っ気ない性格が正に猫のようだったからだ。

 そして可愛らしい童顔に黒髪のショートカットが似合う子で、ちょっとしたアクセやいつも着ているパーカーもセンスよく格好いいとか言われているようだ。そのため学院では美琴に負けず劣らずの人気があるようだが、シャイであることから黒縁伊達メガネを装着しパーカーのフードを被って顔を隠していることも多く、周りとは壁を作っていると思われがちらしい。

 そんな彼女も、玲央や美琴と同じく幼稚園から今の高等部までずっと一緒の幼馴染。

 昔は猫という珍しい名が原因で意地悪されることもあったようだが、そんなときはいつも俺と玲央がなぐさめていたのを思い出す。一人っ子だった猫は、そんな俺たちをお兄ちゃんのように慕ってくれていたようで、いつも俺と玲央の後ろをひょこひょことついてきては一緒に遊ぶことも多かったし、横にいることが当たり前だった。俺にとっても彼女は『女子』というより『妹』みたいな存在だったのだ。

 だからお互い異性として意識したことはないと思うし、モテるモテないの対象でもない。目の前で服を脱いで着替えられても気にすることはないだろうし、もし一緒に風呂に入れと言われたら入れる……。いや……風呂はちょっと言いすぎたか。

 まあ、そんな猫だからこそ、部員を三人集めようという話になったとき俺たちは真っ先に声をかけたのだ。

 普段から女子と会話することがほとんどない俺だが、猫は特別なのである――。

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