第2話

 そんな俺たちはいつも十五分程度で昼食を終わらせ、昼休み終了まではそのまま教室で雑談していることが多い。そして今日もいつも通りに昨晩観たアニメ談義に花を咲かせたあと、玲央が突然妙なことを言い出した。

「圭太って、ラブコメのラノベ書いたことあったっけ?」

 その質問に焦った俺は、思わず席を立ち大きな声を出してしまう。

「ちょ、ちょっと! 声が大きいよ!」

「圭太のその声が大きいよ」

「い、いや、周りに聞かれたらどうするんだよ!」

「あ、ごめん。でもそんなに隠すことでもないと思うけどな。で、ラブコメ書くの?」

 俺が趣味でラノベを書いていることを知る者は、美琴を除くと一人しかいない。それが玲央だ。しかし恥ずかしいのでその作品を読ませたことは一度もなかった。だからこんなことを聞いてきたのだ。

「ラブコメ……書けるわけないだろ? 恋愛経験はおろか、モテた経験すらない俺がそんなの書けるわけないし」

「そういうもんなんだね」

「俺は剣と魔法のハイファンタジー専門。異世界転生チート系が得意だから」

「異世界に行ったこともないのに、それは書けるんだ……。でもラブコメのラノベとか漫画読んだりアニメも観たりしてるんだし、だったらわかるでしょ? モテる主人公の行動とか発言とか思考とか……。そういうの参考にならないのかな」

「おいおい。それはまた別の話だろ? 俺たちは皆、主人公みたいになれないから、ああいうのを観て現実逃避するんじゃないか?」

「まあ、確かにね」

「それに、そんなこと言うならラブコメの主人公ってだいたい受け身だろ? 知らない間に相手がどんどん好きになってくれて、突然向こうから――」

「渋谷くん……」

「そうそう、そんな感じでな」

「渋谷くん、ちょっといい?」

「そうそう、向こうから話かけてきて――ってあれ?」

「渋谷くん。もう、お昼は食べ終わった?」

 突然横から声をかけてきた女子。それはいつも明るくてクラスでも人気があり、男女問わず友達も多いクラス代表も務める大島香織だった。

 ちなみに『渋谷』というのは俺の苗字だ――。

「え、え、え、えぇ?! 俺? お昼?」

「食べ終わったみたいだし、ちょっといいかな」

「そ、その、え、えっとぉ……」

 突然のことに焦ってしまい、ふと玲央を見る。すると彼は我関せずの様子で無表情のまま窓の外を眺めており、こちらを見ようともしない。

 ――しかし、確かに彼女は俺の名を呼んだ……。

 なぜ俺なのだろう。玲央は女子と話していることも多いけど、俺が女子から声をかけられることなどめったにないのに――。

 俺はそんなことを考えながらも、なんとか冷静を装い彼女の方を見て微笑んだ。

 すると彼女は頬を赤らめ少し恥ずかしそうにしながら、拝むように合わせた両手を口元に充てている。うん。間違いない。そのポーズは可愛い。

「さっきみんなで話してたんだけどさぁ。渋谷くんのこと」

「お、俺のこと?」

「うん。このクラスになって一か月くらい経つけど、私も含めて渋谷くんと話したことない女子が何人かいるっていう話になってね……。それじゃあ親睦会開こうかって」

 ――じょ、じょ、女子と親睦会だと?!

 つ、つ、遂に! 遂に来たのか、俺のモテ期が!

 でも大島と会話するなんて初めてじゃないか。

 だ、だ、だ、だ、だ、だ、駄目だ。緊張する……。

 俺はなんてヘタれなんだ!

 しかしモテるためには、この緊張を悟られてはならない!

 なるべく冷静に、さりげなく、歓喜する心を押し殺して……。

 でもやっぱ無理! 顔がこわばる! 普通の表情ができない――。

「渋谷くん?」

「あ、ご、ごめん。えっとぉ……。俺と大島さんたちとで親睦会?」

「そう。だから今日の放課後とか、みんなで軽くカラオケでもどうかなって」

 ――カ、カラオケ?! 女子と?!

 ちょ、ちょ、ちょっと待って!

 なんて返事すればいいんだ!

 玲央師匠、助けてくれぇ――。

「圭太は駄目だよ。今日の放課後は部活だから」

 ――よし! ナイスアシスト……じゃない! ブロックだった!

 確かに放課後は部活だが、今日くらい目をつぶってくれてもいいじゃないかぁ!

 やっとモテ期が来たというのに――。

「渋谷くん、部活やってたんだぁ。もしかして剣道部?」

「剣道部? い、いや、え、えっとぉ……。俺は……」

「圭太は『デジ研』だよ。僕もだけど」

 ――玲央、ちょっと黙ってようか!

 頼むから、俺に会話をさせてくれぇ――。

「デジケン……ってなに? そんな部活あったっけ? 初めて聞いた……」

「デジ研は『デジタルイラスト研究同好会』の略だよ。アニメとかで推しキャラのデジ絵を描く部活さ。僕が部長なんだけど部員もまだ三人だけだから、あまり知られてないのかもね」

「それって……よく聞く『同人誌』とかいうやつ?」

「同人活動と言えなくはないけど、ちょっと違うかなぁ。デジ研では漫画描いたり雑誌にして販売したりとかはしないからね。僕たちはデジ絵を描いてネットで公開するだけだから、どっちかというと美術部に近いかな」

「そ、そうなんだぁ……。あ、でも、アニメ好きな女子もいると思うよ。最近観てる子も増えてるし……。で、渋谷くん。そのデジ研って毎日あるの?」

「えっとぉ……。部活は月水金だから、火曜と木曜が休みだね……」

「そうなんだぁ! だったら明日は火曜だから、明日でどう――」

「親睦会に誘われてるのって圭太だけ? 僕は誘ってくれないのかなぁ?」

 ――ちょっと玲央師匠! えらく積極的だな! いったい今日はどうしたんだ?

 一緒に行ってくれるのはありがたいけど、もしかするとお前が誘われないのは変態だと思われているからかもしれないぞ!

 それとなんだかちょっと顔が怖いんですけど!

 ピリピリムードなんですけど――。

「あ、ご、ごめん。うん。もちろん。御剣くんもOKだよ……」

「そっかぁ。嬉しいなぁ。よかったぁ。でもいいのかなぁ。僕たちオケいったら、いっつもアニソン縛りなんだけど! あ、そうだ! キンブレ持ってくし振付けも教えるから、全員で一緒に踊って――」

「あ、ごめん! そう言えば、明日はピアノのレッスンがあったかも! もう昼休みも終わりだから、みんなでもう一度話し合ってみて、都合が合いそうならまた声かけるね! それじゃあね!」

 ――行ってしまった……。

 昼休みはまだ五分ほどあるのだがな。

 これはもう次の機会はないだろう――。

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