第1章
第1話
「やっぱりモテ期は来ていない」
二年A組。とある昼休み。
俺は、窓側一番後ろの席で向かい合わせに座る友人にそう呟いた――。
美琴との一件があってから一週間が過ぎていた。
が、あれ以来、彼女とは一言も話せていない。
あの当日も、その翌日も、その翌々日も……。そして今日に至るまで、一言どころかほとんど目も合わせてくれないのだ。
最初は照れているのかとも思ったのだが、どうも様子が違う。
何度か人の目を盗んでは話しかけようとしてみたが、彼女はその都度眉間に皺を寄せ、『はぁ?!』という吹き出しが横に出ているのではないかと錯覚するほどの表情で俺を睨みながら「はぁ?!」と言うのだ。
それは、とても好意がある相手にするような表情ではない。むしろ真逆に思える。
だから俺は確信したのだ。やはり俺にモデ期は来ていなかったのだと――。
そう。俺は女子にモテたい。それがすべてだ。
それだけのために学校に来ていると言っても過言……かもしれないが、まあとにかくモテたいのだ。一度しかない高校生活、モテることにすべてを賭けたいのだ。というのも俺は生まれてから今まで、女性から愛の告白をされるどころか、『〇〇さんが、お前のこと好きだってよ』なんて噂すら聞いたことない。ラブレターもバレンタインのチョコも誕生日プレゼントも……モテイベントとはまったく無縁の日々を過ごしてきた。すなわち、異性からの愛を感じたことがないのだ。
こんな俺でも小学校を卒業するくらいまでは、美琴をはじめとした女友達は数名いた。しかし、精神年齢がお子様だった俺は毎日遊ぶことに懸命で、愛とか恋とか考えたことがあまりなかった。だからモテたと自覚したことなど一度もない。
そして中学生になり思春期になり始めた頃から気づきだす。『もしかして俺ってモテない系なんじゃね?』ということに。
だが同時に、モテない理由は明白だった。なぜなら中等部一年の頃から、俺は外見も性格も最悪だったのである。そして、それを改善する努力も全くしてこなかったのだ。
武道好きな親に勧められ半ば強制的に入らされた剣道部。その顧問の方針で中等部での三年間はずっと丸坊主だった。そして毎日地獄のような練習をこなす中、帰宅後に風呂に入る気力がない。結果、頭はフケだらけ顔はニキビだらけで、洗濯しない汗まみれの汚い剣道着を身に着け不潔極まりなかった上、おまけに体臭もきつかっただろう。そしてストレスからの暴飲暴食で体重が増え続け、その当時は身長百七十センチ程度であったにも関わらず九十キロオーバーとなっていた。更に硬派を履き違えた俺は、『女と話す奴はけしからん』とか『女など俺には必要ない』などとアピールし自ら女子を遠ざける始末――。
とまあ、挙げたらきりがないが、これらがモテなかった主な理由だ。そんな俺がモテることなどあるはずもなかったのだ。
しかし転機が訪れる。あれは忘れもしない中等部二年の終わり頃だ。あの日のことは今でもたまに思い出す。
剣道部を辞めた同級生に彼女を紹介された、あの寒い冬の日を……。
その日、奴が連れてきたのは、俺が密かに片思いしていた女子だったのだ。
リア充となった奴から、そんな彼女とデートしただの、あれしただの、これしただのと余計な報告を聞き続けること数週間。最初はただただ聞き流していたのだが、いつしかそれが嫉妬、ひがみに変わっていく……。そう。奴のことがとても羨ましかったのだ!
そしてクリスマスイブの放課後、男だらけの道場で竹刀を振り続ける俺は、面の中で涙を流しながら遂に決意する。『高等部では絶対、モテる男になってやる!』と――。
それから俺は変わった。
高等部での華々しいモテ期到来を夢見て、そのために必要な知識を雑誌やネットであさりまくり学習していったのだ。
しかし、高等部の入学式から劇的に変身するのはよろしくない。なぜなら天河学院は中高一貫。クラスメイトはほぼ全員が顔見知りであるため、高等部から突如様変わりでもした日には『高校デビューだ』と嘲笑され逆効果になること間違いなしだったからだ。
変わるとしても『そう言えばあいつ、いつからイケメンだったっけ?』なんて噂されるような変化――例えるなら確か昔のクイズ番組で観たことがあるような『今から映像の一部が徐々に変化しますよ』レベルの自然な変化――がベストだったのだ。だから俺は、誰にも気づかれぬよう、中二の冬から一年かけて徐々にゆっくりと変化していくことにした。
しかし当時の俺は剣道部の主将。部を辞めるつもりもなかった俺は、日々の厳しい練習に耐えながらの、苦行を強いられることになる。
例えば……どれだけ疲れていても毎日の風呂と洗顔、お肌のケアは欠かさない。更に食事制限と早朝ランニングでダイエット。睡眠時間も削れるだけ削り、夜は雑誌やネットでオシャレの勉強。そして、頭が悪いと思われないよう学業にも励み、常に学年で十番以内の成績をキープした。
結果、高等部に進学した頃には坊主頭も卒業しニキビもなくなり減量にも成功。俺はスポーツ万能、成績優秀、見た目爽やかな一人のイケメンボーイ(個人の感想です)への変身を見事に成し遂げたのだ。
さあ、ここまでやればもうなにもすることはない。あとはこの状態をキープしながら普通に学院生活をエンジョイし、女子にモテるのを待つだけだ。例え中学時代のダサい俺のことを知る女生徒からは敬遠されたとしても、外部からの入学生も多々いるから問題ない。あとは勝手に女子の方から俺に寄って来る。
そう。寄ってくる……はずだった。
そのはずだったのだが……まったくモテない。
暗黒の中学時代となにも変わらない。
いや逆に、前よりひどくなったかもしれない。女子と会話する時間も減った。
しかし……なぜだぁ! どうしてだ! モテない原因がさっぱりわからない!
どこで間違ったのだろうか。自分の容姿を客観的に見てもそこそこ、いやかなりいけてるし(個人の感想です)、ファッションセンスも性格も悪くない(個人の感想です)のだが、なぜかまったく女生徒が寄ってこない。
そして一度もモテることなくそのまま高二の春を迎えてしまった……。
だからだ! だから、先日の美琴の一件は、俺にとって大きな事件だったのだ! 俺にも遂にモテ期が来たのかと、遂に今までの努力が報われたのかと歓喜したのだ。
しかしそれは大きな勘違いだった。
美琴は俺を恋愛対象として見ていなかったようだ――。
それに気づいた俺。二年A組。とある昼休み。
だから俺は、窓側一番後ろの席で向かい合わせに座る友人にこう呟いたのだ。
「やっぱりモテ期は来ていない」
すると、そいつは怪訝な表情で俺に確認する。
「モテ期ぃ?」
それは明らかに『このバカは突然なにを言ってるんだ』という顔だったが、俺はお構いなしに話を続けた。
「この前、話しただろ? 美琴にスマホ見られたこと。そんで、パスワードが俺の誕生日だったことだよ。だからあいつ、もしかして俺のことが好きなのかもと思ったんだけど、あれ以来ずっと避けられてんだ。玲央は美琴とはたまに話してるけど、なんか聞いてないか?」
俺がそう問いかけた友人の名は御剣玲央(みつるぎれお)――女性歌劇団の男性役かのような豪勢な名前だが本名だ。
そして彼も美琴と同じく幼稚園から高等部までずっと一緒の幼馴染であり、俺の親友……というのもこっぱずかしいが、唯一の男友達だ。
そう、男友達。男だ。男……のはずなのだが……『男の娘』なのかもしれない。
なぜなら玲央は、誰もが女子と見間違う程の美少女、いや美少年だったからだ。
天河学院は校則には厳しいが『男女平等』にも厳格である。そのため『男子が髪を伸ばしてはならない』という逆差別的な制約もないため、玲央は綺麗な黒髪を肩まで伸ばしている。そして白い肌に長いまつ毛、細い身体に細い指……どれをとっても女性のようであり、見た目スカートを履いていないことを除けばどこから見てもJKそのものであった。
もし俺がラブコメの主人公だったなら、偶然こいつの着替えの場に出くわしたり、偶然ぶつかって床に倒れ胸を触ったりなんかして『お、お前、女だったのか?!』なんてシーンがあってもおかしくない、それほどの美少年であるが、残念ながらそんなことは絶対にあり得ない。なぜなら、俺はこいつが男である証拠(ナニ)を何度も見ているからだ。
そんな彼に付けられている二つ名は『変態』……である。
元々は別の二つ名が付けられていたが、最近になって『変態』が追加されたようで、数日前から自然とこの名が俺にまで伝わってきたのだ。
変態って……なぜこんなひどい名を付けられたのか俺には全く見当がつかないのだが、一つ可能性があるとすれば、元の二つ名が『渋谷の嫁』だったこと。略して『嫁』と言わることも多いらしく、おそらくこれが悪い方向に進化して『変態』となったのかもしれない。
まあ、俺の嫁と言われることには思い当たる節がないわけではない。例えば昼休みも、生徒の多くは食堂や屋上、中庭に行って食べているようだが、この教室で机を向かい合わせにして仲睦まじく昼食をとるのは一部の女子を除くと、俺たちしかいない。周りから見ると、そんな俺たちがイチャコラしているように映ってしまうのだろう。
しかし俺たちは幼稚園の頃からずっと仲がよく、ずっとこの調子だ。だから俺がモテ期を夢見ていることも、そのため努力してきたことも唯一、玲央にはすべて話している。
そしていつも適格なアドバイスをくれる彼のことを、俺はたまに心の中で『師匠』と呼ぶこともあった。
そんな玲央師匠は美味そうな卵焼きを口に放り込んだあと、俺の質問に答えてくれた――。
「美琴が圭太を避けてるって? 僕はなにも聞いてないけどなぁ……。そんなに気になるなら、直接本人に聞いてみたらいいじゃん。家が隣なんだから、朝とか夕方にでも玄関で待ち伏せしてみたら? って、いきなりそんなことしたら、ちょっとキモいか。あははは」
「いや、それはもうやったよ」
「や、やったんだ……」
「いろいろやって、何度も聞こうとしたんだって。でもすんごい壁作ってきてさぁ。挨拶すらできない状態なんだよ。そんなに嫌われるようなことしたっけかな……」
「でもさぁ。そもそもこの数年、二人が会話してたの見たことないし『なにを今更』感がすごいんだけど。嫌われる以前の問題なんじゃない?」
「確かに会話したのは四年ぶりだったけど」
「それか、あれでしょ? パスワード当てたときの顔が、いやらしい感じでキモキモだったとか? 『俺のこと好きなのか』オーラが出すぎてたとかさ」
「くっ……! それは強く否定できないけど……。でもおかしいぞ! 最初に声かけてきたのはあいつの方なんだよ。なのにこっちから話しかけたら壁作るって、意味わからん!」
「あのさ。ずっとモテたい、モテたいって言ってるけど。圭太は美琴にモテたいの?」
「……え? どういう意味?」
「だから、モテたいって言ってたのは、美琴にモテたいってことだったの?」
「い、いや……俺がモテたいのは美琴限定ってわけでもないけど……」
「そうなんだ。じゃ、そんな悩まなくてもいいじゃん。ってかなにそれ。誰でもいいの?」
「誰でもいいってことはないけど、俺を好きになってくれた相手が俺のタイプだったら、俺も好きになれるかもってことで……」
「それは相手待ちってこと? それはダサダサだし、キモキモだし、男らしくないよ!」
「で、でも、同時に好きになるって難しいだろ? 必ずどっちかが先に好きになって、告白されて、そんで両想いになっていくもんじゃないのか?」
「まあ……。それはいろんなケースがあるとは思うけど……。でも、そうだとしても今の発言はちょっといただけないよ。だって男なら、自分から好きな相手に告白して振り向かせるくらいじゃなきゃ! 『告白されてから好きになる』なんて、思っていても口にしちゃ駄目だよ。ちょっと格好悪いかな」
「わ、わかった。勉強になる」
俺はスマホを取り出し、玲央師匠の金言を秘密のメモ用アプリに記録した。彼も俺と同じく今まで彼女がいたことはなかったはずなのだが、いろいろとアドバイスしてくれる。二つ上の姉がいるので、女心に詳しいのだろう――。
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