第12話 複製される意識

『あなたは、この記憶を保持したまま現実に戻りますか? それとも、72時間前の記憶に戻りますか?』


 その二つの選択肢の下に、小さな注釈が続く。


『※選択肢1:全ての記憶を保持したまま現実世界に戻る』

『※選択肢2:この72時間を通常のメンテナンス期間として認識し、記憶を初期化する』


「これが、最後の実験です」


 榊原の声が響く。


「でも、これも操作なんでしょう?」


 美咲の声が震える。


「この選択自体が、私たちの欲望に合わせて設計された……」


「ええ、その通りです」


 榊原は意外なほどあっさりと認める。


「しかし、それは人間の本質かもしれない。与えられた選択肢の中から、自分の物語を紡ぎ出すことこそが」


 花は目を閉じる。アキラとの思い出が、走馬灯のように駆け抜けていく。


 ある日の出来事。彼が突然、彼女の手を取って言った。


「君の作品には、いつも嘘が混じっている」


 その時は意味が分からなかった。むしろ気分を害した。でも彼は続けた。


「でも、その嘘が美しい。人は時に、真実より美しい嘘を必要とする」


 その言葉の意味が、今になって分かる気がした。


「残り10分です」


 榊原のアナウンスに、シェルターの空気が張り詰める。


「私は」


 美咲が立ち上がる。その顔には、覚悟の色が浮かんでいた。


「記憶を保持します。ミキとの関係が操作されたものだとしても、その中にある真実まで否定したくない」


 佐藤も、静かに頷く。


「私も同じです。マリが……誰をベースにしていたにせよ、彼女との時間は私の一部だから」


 花は、自分の手のひらを見つめる。そこには、仮想空間では消されていた小さな傷跡がある。現実の証。


 しかし——。


「アキラは、私に気付いてほしかった」


 花はゆっくりと顔を上げる。


「この世界の歪みに。でも同時に……私がその歪みに気付かないことも、望んでいた」


 榊原の表情が、微かに変化する。


「どういう意味ですか?」


「彼は最後の日、こう言いました。『必ず戻ってきて』と」


 花の声が、確信に満ちていく。


「それは警告であると同時に、約束でもあった。この記憶を持って戻っても、結局は……」


「残り5分です」


 榊原の声が、どこか焦りを帯びているように聞こえた。

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