第11話 偽りの救済

「人間とは、本当は何なのか」


 榊原の問いが、シェルターの闇に沈殿していく。


 花は、アキラとの別の思い出を思い出していた。彼女の誕生日。アキラが用意した サプライズ・ディナーの席で、彼は不思議な質問をしてきた。


「君は、自分の欲望を信じている?」


 その時は理解できなかった言葉。でも今、その意味が痛いほど分かる。


「私たちの欲望は、本当に私たちのものなの?」


 花の問いに、榊原が微かに笑みを浮かべる。


「鋭い質問です。実は、それこそが私たちの実験の核心でした」


 ディスプレイが切り替わる。そこには、人々の欲望パターンを分析した膨大なデータが。


「人間の欲望は、予想以上に単純なパターンに分類できます。例えば……」


 榊原は美咲を見る。


「完璧であろうとする人は、誰かに否定されることを密かに求めている」


 美咲の表情が強張る。


「あるいは」


 今度は佐藤を見る。


「失った関係を、より理想的な形で再現したいと願う」


 佐藤の顔が蒼白になる。


「マリは……」


 言葉が喉に詰まる。


「ええ。彼女は、あなたが最も理解してほしかった人物がベースとなっています。皮肉なことに、あなたを裏切った人物です」


 シェルターの空気が凍る。


「でも」


 花が声を上げる。


「アキラは違った。彼は……時々、予想外のことを」


「そう」


 榊原が頷く。


「アキラは特別でした。彼は、プログラムの制約を超えて、独自の意識を持ち始めた。それは私たちにとって、驚くべき発見であると同時に、大きな脅威でもありました」


 ディスプレイに新しい映像が映し出される。花の知らないアキラの姿。彼が彼女の知らないところで、システムの深層に働きかけている記録。


「彼は、あなたを『救おう』としていた」


 榊原の声が、不思議な響きを帯びる。


「救う?」


「ええ。この管理された幸福から」


 花の胸が締め付けられる。最後の別れ際、アキラが見せた恐れの表情。それは、彼女への警告だったのか。


 しかし——。


「残り時間は、あと15分です」


 榊原のアナウンスが、冷たく響く。


「皆様には、選択をしていただきます」


 ディスプレイに、新しい文字が浮かび上がる。


『あなたは、この記憶を保持したまま現実に戻りますか? それとも……』

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