第41話 逃走劇
(なんとか、なんとかなった……!!)
サラマリアは額の汗を拭う。
暗闇の中に身を潜め、追手を一人ずつ仕留めていった。最後の一人をようやく沈黙させたところだ。第一騎士隊の副隊長は流石に手練れだったので、隙をつけてよかった。冷静に対処されていたら、かなり危うかっただろう。
立ち止まり、息を整える。
連日の緊張で体は休まらず、今日も眠れていない。その上、騎士隊との戦闘もあり疲労は頂点に達していた。
倒れそうになるところを、なんとか持ち堪える。殿下と早急に合流しなければならない。
なぜなら……
(あの男が、いない……!!)
騎士団長が注意するようにと警告し、今回の護衛の中でも異彩を放っていたあの男。ヤズイルが、いない。
サラマリア一人でこれだけの戦果を挙げられたのは、ヤズイルがいなかったためだ。あの男がいれば、おそらく太刀打ちできず、足止めするのが精一杯だっただろう。
疲弊しきった体に鞭を打ち、精神力のみで合流地点へと駆け出す。ヤズイルが先回りしている確証などないが、どうにも胸騒ぎが止まらない。
(殿下、どうか……)
祈りながら走る。
しばらくして、ようやく森の出口が見えてきた。
空は既に白み始めている。
合流地点まではまだあるが、殿下の後ろ姿が見えた。
「殿下……!!」
やっと追いついた。
だが、状況は最悪だ。
殿下は、ヤズイルと相対していた。
***
「サラマリア、無事だったか!」
背後からのサラマリアの呼びかけに、セルフィンは応えた。ヤズイルから目を逸らすことなく。
サラマリアが生き延びたことには安堵したが、危機は去っていない。それどころか、最も危険な相手が目の前にいた。
「おお〜? 専属護衛の嬢ちゃんも追いついたのか〜? やっぱり俺って鼻がきくんだよなぁ〜」
嬉しそうに、ヤズイルがこちらを見ている。
その顔は、邪悪な笑みを象っていた。
「ああ〜、皇族をぶっ殺せるってだけでも興奮が止まらねぇってのに、マンノーランの娘までぇ〜!? 日頃の行いが良かったかぁ〜」
ヤズイルが一人で喋っている間に、サラマリアと合流した。一目見て、疲れきっていることがわかる。どうにか逃げ出さなくてはならない。
「え、それにもしかして、レギルデの野郎も殺ってくれてたりしたりして〜?? うは、今日はなんていい日なんだよ〜。おい!お前らもそう思うだろぉ!?」
突然、ヤズイルがこちらに声をかけてきた。
隙を探るためにも、会話に応じるしかないか。
「レギルデ隊長とは、仲が悪かったのかな?」
「おお〜、そりゃもうよ〜。あいつムカつくんだよなぁ〜俺より弱いくせしてよぉ〜」
ニコニコと、まるで友と語らうような気安さで話してくる。どうにも、不気味だ。
「うはははっ!あぁ〜、気分がいいなぁ〜」
鼻歌を歌いながら、流れるような動作で巨大な剣を取り出した。
「気分がいいからさぁ〜少し遊んでやるよぉ〜」
ゴウッ、という風切り音と共に剣が振り下ろされる。地面には、大きな亀裂が走っていた。
「うは!すぐにくたばってくれるなよぉ〜??」
絶望的な闘いが、始まった。
――――――
「おお〜? 思ったよりは動けるなぁ〜?」
ヤズイルの猛攻を必死に凌ぐ。
剛腕から放たれる攻撃を、どうにか避けていた。
「くっ……!!」
一撃が鋭すぎる。
だが、まだこの男が手を抜いている間は勝機があるはずだ。サラマリアもずっと隙を窺っている。
「うはははは!まだ希望があると思ってんのかぁ〜?」
唐突に、攻撃が止まった。
「眼がなぁ〜まだ諦めてねぇんだよなぁ〜? もっと絶望してもらわないと、面白くないよなぁ〜?」
また一人で喋っている。
こちらとしては、この間に息を整えることができるのでありがたいが。
「お前らさぁ〜こっから西武抜けて中央に戻るつもりだろぉ〜?」
語りかけてきているが、この問いに応える気はない。ヤズイルは嫌な笑みを浮かべている。
「残念だけどよぉ〜中央からさらに援軍が来る手筈になってるんだぜぇ〜? 逃げきれるなんて、思わないことだなぁ〜」
それは、衝撃の情報だった。
それだけの人員を導入しているとは。
「おお? ちょっとはイイ表情になったかぁ〜? まあ、そもそも俺から逃げられるわけも」
サラマリアから合図。
二人同時に攻めに転じる。
己が正面から斬りかかり、戦闘中にずっと死角を狙っていたサラマリアも静かに動いた。
ヤズイルの首筋に短刀が迫る。
「ないって言ってんだよぉ!!」
「がっ……!!」
瞬時に反応したヤズイルが拳を高速で振るい、サラマリアの体が吹き飛ぶ。
「サラマリア!!」
「よそ見する余裕はあるのかぁ〜??」
咄嗟にサラマリアの方を見てしまった瞬間に、ヤズイルが至近まで迫っていた。避ける余裕はない。
ヤズイルの剣を、こちらも剣で受ける。
だが、衝撃を受けきることはできずサラマリアと同じ方向に吹き飛ばされてしまった。
「うははははぁ!!愉しいなぁ愉しいなぁ〜」
ヤズイルの高笑いが聞こえる。
やはり、強者には敵わないのか……!!
「サラマリア……!」
「殿下!」
互いの無事を確認する。
だが、己の腕は痺れ使い物にならず、サラマリアの方ももはや動ける状態ではない。
「んん〜? もう終わりかぁ〜? いやまあ、俺相手にはよく頑張った方だなぁ〜」
ゆっくりと、ヤズイルがこちらに向かってくる。
こんなところで、終わるのか。
「今日は気分がイイからよぉ〜楽に逝かせてやるよぉ〜。俺は優しいからなぁ〜」
ヤズイルが剣を振りかぶった。
サラマリアが庇うように前に出る。
「ああ〜皇族の血って、どんな色なのかなぁ〜?」
剛腕が、振り下ろされる。
諦めかけた、その刹那。
人影が割って入り、ヤズイルが大きく後退した。
「ああ? なんだぁ〜??」
人影を見やる。
燃えるような赤い髪が特徴的な、華奢な男の背中だ。その姿は、とても頼もしく見えた。
「来てくれたのか……!!」
乱入者に声をかける。
それは、待ちに待った男の背中だった。
「あん? これ間に合ったよな? 無事かよ殿下」
緊張感のない声に、思わず苦笑する。
あの強敵を前にして、頼もしいことだ。
「おいコラァ!!無視してんじゃねぇよせっかくのお愉しみが台無しじゃねぇかぁ!!誰だてめぇは!?」
先ほどとは打って変わり、不機嫌そうなヤズイルが苛立った声をあげている。
「んん? あれ敵だよな? 敵でいいんだよな? こういう時って、名乗るんだっけ」
相変わらず、自信があるのかないのかよくわからない男だ。
「あー、名乗るほどのモンじゃぁねぇが」
頭を掻き、気怠そうに答える。
「ゼイド・ゾラ」
ゼイドは、場と雰囲気にそぐわない優雅な礼をしてみせる。
「今からセルフィン殿下の専属護衛になったんで、どうぞよろしく」
いつのまにか、夜が明けていた。
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