第42話 もう一人の専属護衛
「ゾラ、だとぉ〜?」
ヤズイルがゼイド・ゾラと名乗った男を凝視している。サラマリアもまた、突然割って入ってきた男の姿を見つめていた。
「彼が、以前言っていたもう一人の専属護衛の方なんですか……?」
近くにいる、セルフィン殿下に問いかける。
ゾラというのはどこかで聞いた家名な気もするが……。
「ああ、そうだよ。あとはゼイドに任せよう」
その言葉に、殿下がゼイドという男を信頼しているということがわかった。だが、相手はあのヤズイルだ。
「その、疑うというわけではないのですが、相手はかなりの強者です」
ゼイド一人に任せてしまっていいのだろうか。
満身創痍ではあるが、自分にもできることがあるはず。
「あー、サラマリア嬢、だっけ? めちゃくちゃ疲れてるみてぇだし、休んどきな」
ゼイドが振り返らずにそう言った。
「ありがとな。殿下を守ってくれて。あとは俺に任せとけ」
自信に満ちたその言葉は頼もしい。
殿下も信頼しているようだし、ここは任せてしまってもいいのだろう。念のため、動ける準備はしておくが。
「おいおいおい!随分な物言いだなぁ〜!お前みたいな痩せっぽちが急に出てきて大口叩くんじゃねぇよぉ!」
ヤズイルがゼイドに迫る。
その速度は、先ほどの戦闘のものとは比べ物にならない。
それに対して、ゼイドは前に向かって悠然と歩き出す。
「サラマリア、よく見ているといい」
殿下はそう言って、その後ろ姿を眺めている。
勝敗が決まっているような言い方だ。
(そんなにも、強いのだろうか……?)
ヤズイルの間合いに入り、剣が振り下ろされる。
ゼイドは、微動だにしていない。
「危ない……!!」
瞬時の攻防の末、ヤズイルが再び距離をとった。
ゼイドが斬られたと思ったが、結果としてはヤズイルが腕から血を流し後退している。
当たったように、見えた。
だが、最小限の動きだけで剣を避け、その上反撃にまで転じていたようだ。
ヤズイルは、傷を負ったことに驚愕している。
「おめぇ、鮮やかな赤髪にその剣術……!!本当にゾラだってのかぁ!?」
「だから、そう言ってんだろうが。いや、まあ、破門されてる可能性もあるから、ゾラを名乗るのも微妙か……?」
ヤズイルが吠える。
「ゾラが護衛だぁ!? 笑わせるなぁ!!
その言葉に、帝国のある有名な一族を思い出す。
聞き覚えがあった気がしていたが、そういうことか。
「あぁ、そんな反応になるよなぁ」
ゼイドが気怠げに頭を掻いている。
常に戦場に在り、その命尽きるまで剣を振るう。剣にその身の全てを捧げ、技を磨き、至高の剣を求め続ける。
ガルディスタン帝国最強と謳われるゾラ剣爵家。
「その、狂った奴らに成れなかった一族の面汚し。
その声は、諦観に満ちていた。
「それがこの俺、ゼイド・ゾラだ」
***
セルフィンは、安堵していた。
(ゼイドが来てくれたなら、大丈夫だ)
ゼイドが自嘲気味に話していることも間違いではないが、実態は異なる。
己が専属護衛に選ぶ者が、落ちこぼれであるはずがない。
「なあ、もういいか? なんか疲れてきたから、そろそろ終わりにしようや」
ゼイドが気だるげにそう言ったが、その言葉はヤズイルを激怒させる。
「あ゙あ゙?? 誰が、何を終わらせるってぇ!?」
ヤズイルの体から闘気が立ち昇る。
まだ、本気ではなかったか。
「舐めてんじゃねぇぞぉ!!この俺は、第一騎士隊最強のぉ!!」
「いや、もういいから」
気づけば、ゼイドは既にヤズイルの背後にいた。
ヤズイルの体から血飛沫が舞う。
「……はぁ?」
その言葉を最後に、ヤズイルは倒れ伏した。
呆気なく、闘いが終わる。
「あ、やべ。めっちゃ疲れた」
そして、ゼイドも倒れ伏す。
(相変わらずのようだな……)
「……え? えぇ!?」
サラマリアが展開についていけず戸惑っている。
当然の反応だ。
当面の危機は乗り越えたと思うが、状況的にはまだ厳しい。敵の援軍が来るという話を鵜呑みにするわけではないが、すぐに次の行動を決めなければならない。
だが、誰も彼も疲労困憊だ。
さすがに、少し休憩するとしよう。
――――――
「改めて。ゼイド、よく来てくれた」
寝転がるゼイドに声をかける。
「いやぁ、危なかったよなぁ。ハリとかいう元気な娘に言われて合流地点とやらで待機してたんだが、ふらっと外に出て気づけたから良かったわ」
ハリはしっかりと仕事をしてくれていたようだ。
しかし、ここに来れたのは偶然もあったらしい。
「そして、サラマリア。よく、無事で戻ってくれた」
あの数の騎士相手に、一人で足止めを完遂したのだ。サラマリアの実力を信じていたとはいえ、驚嘆に値する。
「ありがとうございます。なんとか全員仕留めることができましたが、運も味方しました」
……足止め以上のことをしていたらしい。
なんというか、サラマリアの働きには驚かされるばかりだ。
「殿下、申し訳ありません……」
サラマリアの方を見ると、足が震え、ふらついている。ここまでの強行軍、限界などとうに越えていたのだろう。
「安心して、い、意識、が……」
そう言って、サラマリアが倒れそうになる。
咄嗟に、抱きとめてしまった。
「ありがとうサラマリア。今はゼイドもいるから、安心して眠ってくれ」
この状況で、流石に不謹慎なことなど考えてはいない。
心を無にして、ゆっくりとその体を横たえる。
頭を地面につけるのは憚れるため、膝枕くらいは許してほしい。
「殿下ー、俺も疲れたんだが、寝ちゃっていいか?」
まったく、しょうがないやつだ。
「お前はしばらく起きていろ」
「えぇ、初日から手厳しくねぇか」
地面に寝転がりながら何を言っているのか。
救ってもらったことには感謝しているが、しっかりと働いてもらわなくては。
「ゼイド、ここから大変だがよろしく頼む」
ゼイドは強い。
彼がいればできることが格段に増える。さらには、サラマリアの負担を減らせるのだから素晴らしい。
「んん? なんだその笑顔。というか殿下、前に会った時より目が輝いてねぇか?」
カーデンにも以前言われたが、そんなに変わったのだろうか。
「生き延びような、ゼイド」
「なんか不穏!? そしてなんでそんな爽やかな笑顔なんだ!」
あー、いい天気だ。
かなり疲れているが、やっと安全だという実感が湧いてきた。
「え、なんで空を見上げてるんだよ?? 大丈夫なのかこの仕事!」
「ゼイド、騒がしいよ?」
サラマリアが寝ているんだから静かにしてほしい。
「えー……」
それから、休憩すること暫し。
「おーい!なんでそんなとこにいるっすかー??」
ハリがこちらを見つけてくれたようだ。
さて、そろそろ次の行動を考えよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます