第40話 シルオネ男爵領
宴会が終わり、就寝することになった。
サラマリアはセルフィン殿下の隣の部屋で一人、静かに目を瞑り集中している。
ここまでの旅では寝込みを襲われることを警戒して殿下と交互に眠っていたため、ゆっくり眠れてはいなかった。男爵邸に入り危険度は下がったと考え、今日くらいはしっかり眠ることを提案された。
だが、サラマリアは眠らないことを決めていた。
体は楽な体勢をとり、意識だけは周囲に向けている。
(油断してはいけない……)
宴会の後、殿下と今後の打ち合わせを行ったが、ビンター氏に嘘はないように見えるという意見は一致していた。それもあって、今後のことを考えて体を休めることに決めたのだが、警戒を解くことなどできなかった。
ゆっくりと、時間が流れる。
時折、眠りそうになるがなんとか耐えていた。
屋敷の内と外の気配を常に把握する。
時刻は深夜を過ぎたころ。
多数の気配が動き出した。
瞬時に跳ね起きる。
(この気配は……護衛の兵士!)
こんな時間に大勢で動くなどあり得ない。
敵が、仕掛けてきたのだ。
素早く周囲の気配を確認する。
動いているのは、一緒に来ていた第一騎士隊のみ。
(ビンター殿は、知らされていないということ……?)
よくわからないが、そんなことを考えている時間はなかった。逃走するため、動き出さなくては。
この部屋は二階に位置している。
窓を開けて、壁伝いに殿下の部屋に入った。
寝台で眠る殿下に駆け寄る。
「殿下!起きてください!」
事態は刻一刻を争う。
「敵が、仕掛けてきました!」
***
サラマリアの声に、すぐに覚醒した。
(まさか、こんなところで仕掛けてくるとは……!)
己の油断を悔やむが、全て後回しだ。
今はすぐにでも動かなくては。
「動いているのは第一騎士隊のみです。男爵家の者は動いていません」
逃走の準備をしながら、サラマリアから状況説明を受ける。
「そうか。ならばまだ逃げられる可能性もある」
様々な状況を想定して準備してきた。
窓から縄を垂らし、男爵邸を脱出する。できれば馬に乗りたかったが、その余裕はなかった。
「ハリに、合流地点の共有はしているね?」
「はい、抜かりなく」
この町に着いた時点で、サラマリアとハリには秘密裏に接触してもらっていた。保険をかけておいて、正解だったようだ。
町の中を駆ける。
合流地点に配置しておいた馬に乗り、西部を抜け、中央の巡回任務に回されていた第二騎士隊のところまで辿りつくことができれば安心できる。
「殿下!追手が向けられたようです!」
「くっ、早いな」
この町が城壁に囲まれたような造りでなくて良かった。見回りはされているが、サラマリアがいればなんの問題もない。
町を脱出し、近くの森に入る。
この森を抜ければ、合流地点があるのだが……。
敵は、すぐそこまで迫っていた。
「殿下!早くお逃げください!!」
サラマリアが切羽詰まった様子で告げる。
もはや、追いつかれるのも時間の問題なのだろう。
「くっ、だが……!!」
「私なら離脱できます!だから、殿下はどうか……!!」
確かにサラマリアの力を持ってすれば、なんとかなる可能性も高いことはわかる。己がいても、足を引っ張るだけ。
「……わかった。サラマリア!必ず生きて合流してくれ!!」
そう言葉をかけ、合流地点に向けて駆け出す。
(頼む……無事でいてくれ……!!)
歯を食いしばり、戻りたい衝動に駆られながらも懸命に走る。
サラマリアの無事を祈りながら。
***
(まったく、私がなぜこのような汚れ仕事を……)
護衛隊長を任されているレギルデは、静かに激怒していた。
伝統あるロイテ伯爵家の次男として生まれ、栄えある第一騎士隊の副隊長まで昇進した。この任務を終えれば、次の第一騎士隊長の座は確約されるということで引き受けたが既に後悔している。
当初の予定では馬車での移動であったが、第一皇子の一言で馬での移動に変わってしまった。それにより日程がずれ、追加の人員が到着していない。
予定通りにいかないことに苛立ちながらも計画を実行に移したが、どういうわけか勘付かれ逃げ出されてしまった。まさか山狩りのような真似をすることになるとは。
(腹立たしいことこの上ないが、早急に始末せねば)
万が一、この事態が露見するようなことになれば目も当てられない。
逃げ込んだと思われる森の前に立ち、乗っていた馬から降りる。わざわざ森に入るとは小賢しい。
「三手に分かれる。全力で捜索しろ。生死は問わん」
短く命令を発し、即座に行動を開始する。
夜明けまでには任務を終えたいところだ。
……
森に入り少し経ったが、まだ発見できていない。
それほど距離に開きはないはずだが、二人分の痕跡が見つかるだけだ。別部隊からの報告もない。
土地勘などないと思っていたが、足跡に迷いがない。どこかの目的地を目指しているように思える。
(ああ、本当に苛立つ二人だ……)
第一皇子の方は、早く諦めれば楽になるというのに未だに足掻き続けている。情勢を見れば詰んでいるのはわかるだろうに。多少盛り返したところで、何の意味もない。
それに、マンノーランの専属護衛。
あの、マンノーランだ。その名を聞くだけで心中を激情が支配する。若くして第二騎士隊の副隊長に抜擢された者の家名。あんな若造が、この私と同じ位置につくなどあり得ない。
(さっさと殺してしまおう)
足跡から、かなり近づいていることがわかる。
直に発見の報告がくるだろう。
そう思っていた矢先に、ガサガサと近づいてくる音がした。待望の報告だろう。
「ようやくか……それで、どこに」
「レギルデ副隊長……!別働隊は、私以外全滅しました……!!」
部下の報告に眉を顰める。
よく見れば、報告する部下の腕からは血が流れていた。
「……なに?」
「何者かに襲撃されています!何がなんだかわからないうちに、一人ずつやられて……」
どうも、混乱しているようだ。
ひどく怯えた表情をしている部下を叱責する。
「何を言っている!詳細を報告しろ!」
「で、ですから、何者かが……あ、あぁ……」
こちらの背後を凝視して、情けない声をあげている。そういえば、先ほどから妙に静かだ。
「おい、お前たち。敵が近くにいる可能性が……」
そう言って振り向くと、共に捜索にあたっていた部下の一人が倒れ伏していた。
「な、なんだ、どういうことだ……」
おかしい。なぜ倒れている。
いや、それ以前に私たちは五人で捜索していたはず……。
「残りの三人はどこへ行った!?」
慌てて、先ほど報告に来た部下の方を再び見る。
そこには、血溜まりに沈んだ部下の姿が。
「ひ、ひぃっ……」
恐怖に顔が引き攣る。
なにが、なにが起こって……。
混乱の最中、わずかに月光を反射するものを捉えた。
「そ、そこかぁぁぁあ……!!」
無我夢中で剣を振るう。
そこにあったのは、木に吊るされた短剣で。
「は……ぇ……?」
直後、首筋に冷たい感触。
レギルデが認識できたのは、そこまでだった。
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