第37話 生き抜くために
「殿下!早くお逃げください!!」
サラマリアが叫ぶ。
敵は、もうすぐそこまで迫っていた。
「くっ、だが……!!」
「私なら離脱できます!だから、殿下はどうか……!!」
躊躇う殿下に懇願する。
こんなところで死なせるわけにはいかない。
「……わかった。サラマリア!必ず生きて合流してくれ!!」
その言葉を最後に、殿下が駆ける。
(よかった……あとは、時間を稼ぐだけ……!!)
迫る敵は多く、こちらは自分一人。
絶望的な状況だが、サラマリアは無理矢理笑う。殿下は逃がせたのだ。あとは生き抜くのみ。
「専属護衛としての意地を、見せてあげましょう」
殿下から頂いた漆黒の短刀は、よく手に馴染んでいる。
時刻は深夜。
暗闇こそ、自分の才能が最も活かされる時間帯。なんとしてでも足止めしてみせる。
(まさか、こんなことになるなんて……)
迎撃体制を整えつつ、サラマリアはここまでのことを思い返していた。
時は、数週前に遡る。
――――――
「西部の利権争いの調停、ですか?」
「そうだ。我々は西部に向かわなくてはならない」
生誕祭が終わり、冬を越えた頃。
緊張感を高めつつも普段通りに過ごしていたところ、セルフィン殿下から西部への訪問が告げられた。
この時期に、ネラエラ皇妃の勢力下へ赴くことになるとは。これはおそらく……。
「十中八九、罠だろうね」
敵勢力の動向には警戒をしていたが、ついに動きがあったようだ。
「断ることは、できないのですね?」
「そうだね。貴族同士の諍いに皇族が出向くことなど滅多にないことだが、このままでは争いに発展する可能性があるということで仲裁を嘆願された。それも、名指しでね」
次期皇帝と見做されるセルフィン殿下への信頼から指名されたと考えれば自然といえなくもないが、流石に怪しすぎる。避けることができないのであれば、最大限の準備と警戒をしなければならない。
「護衛の人員を増やすことはできないのでしょうか?」
「その辺りも含めて、できるだけのことをしよう。ただ、すでに後手に回っていることが問題だ」
殿下の表情は険しい。
基本的にこちらから仕掛けるということはできないため、どうしても受け身になってしまう。相手は根回し等も終えてしまっているだろう。
「私は地形の確認等、逃走経路や緊急時の合流地点を考えておきます」
「ああ、よろしく頼む。共にこの難局を乗り越えよう」
嫌な予感が募る。
殿下を守るために何ができるかを考えよう。
***
(ついに、きてしまったか)
セルフィンは思考する。
前年については不気味なくらいに動きがなかったが、さっそく動き出したようだ。
特に警戒していた西部への訪問。
諍いの原因は新しく発見された鉱脈の利権についてということだが、どこまでが本当かはわからない。できるだけ情報を集めてはいるものの、西部についてはかなり難しい。
(サラマリアの言う通り、護衛を増やさなければならないが……)
軍部への影響力がないのが痛い。
帝国騎士団の全てが敵対しているわけではないが、騎士団を動員する決定権を持つ上層部はほとんどが敵だ。そのため、これまでは信頼できる少人数での護衛としていたが、もはやそうも言っていられない。
ひとまず、騎士団長に話を聞きにいこう。
――――――
騎士団長、ダイネスト・バーガイン。
豪放磊落で騎士からの人望厚く、騎士団長となってからも毎日の訓練を欠かさない勤勉な人物だ。だが、その性格ゆえに上層部と衝突することもあり、貴族達からの評判はあまり良くない。
歴代
口さがない貴族達からはそう呼ばれている。
「セルフィン殿下がわざわざお越しくださるとは!呼んでいただければこちらから出向きましたよ?」
ダイネスト騎士団長の部屋にやってきた。
大柄な肉体は鍛え上げられており普通ならば威圧感を与えるところだが、不思議と親しみやすい雰囲気を醸し出していた。
「いえ、貴方も忙しいでしょうダイネスト騎士団長。それに、こちらの都合ですから」
「いやぁ、私より余程忙しい殿下にそう言われましても立つ瀬がないんですがなぁ……」
騎士団長が頭を掻いて苦笑している。
己も忙しくしている自覚はあるが、多くの騎士団員を束ねるという仕事はまた違った負荷があることだろう。
「それで、今日のご用件は……まあ、西部についてですな」
騎士団長が真剣な表情になる。
ある程度は、こちらの事情も把握してくれているようだ。
「ええ、その件で参りました。護衛に関しては、いつも通りでしょうか?」
「それなんですがなぁ……」
言外に、軍上層部から圧力がかかっているかを問う。
これまでも遠方へ訪問する際は騎士団長に同じ質問をしに来ていたが、そのたびに申し訳なさそうな表情をしていたのを覚えている。だが、今回は困惑している様子が見られるため少し状況が異なるようだ。
「結論から申し上げて、護衛の増員は可能です。ただ……」
そこで騎士団長が言葉を切る。
護衛の増員は喜ばしいことだと思うが、それ以上に躊躇うことでもあったのだろうか。
「いつも護衛についていたカラバを含む第三騎士隊から人員を出すことができず、第一騎士隊から護衛を選抜する形になります」
(……そうきたか)
帝国騎士団は第一から第六騎士隊で構成されているが、それぞれに特徴がある。第一騎士隊の特徴といえば貴族の子弟が多く在籍しているという点だろう。
高官の関係者も多いため、敵勢力に取り込まれている可能性が高い。しかも、現地の地理に明るいという理由から、皇妃の影響力が強い西部出身の貴族が多く選抜されることは想像に難くない。
「むろん選抜には注意を払いますが、おそらくは厳しいものとなるでしょう。力及ぼす、申し訳ありません」
「いえ、対応していただきありがとうございます」
「おそらく護衛から外すことのできない者で、ヤズイルという強者がおります。かなりの手練れですが、性格に難がありましてな……、警戒をお願いします」
「覚えておきます」
騎士団長という立場ではあるが、どうしようもないことも多くあるのだろう。その中でも抗ってくれているのだから、ありがたいことだ。
だが、味方であるはずの護衛でさえ警戒しなければならないとは。今回の訪問は、かつてないほど危険なものになりそうだ。
別の対策も考えなくてはならない。
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