第38話 出発


 ダイネスト騎士団長とセルフィン殿下が話すのを、サラマリアは黙って聞いていた。


 殿下の様子を見るに、相当厳しい状況であるようだ。信頼のできない護衛の人数が多くなり、むしろ危険が増すということなのだろう。


(どうして、こんな理不尽なことが平然と行われているのかしら……)


 あまりの状況に、拳を握りしめる。

 皇帝になるための試練だと殿下は言っていたが、こんなことをしてなんの意味があるのだろう。


「……まあ、私から話せる情報はこれくらいですかな。お役に立てず、申し訳ない」


「いえ、話してくださりありがとうございます」


 騎士団長がたびたび謝罪の言葉を口にしている。騎士団長といえばかなり上の地位だと思っていたのだが、権限はそれほど強くないようだ。


「ときに、そちらの女性が殿下の専属護衛ですかな?」

 

 騎士団長がこちらを見ている。

 式典などで見かけることはあったが、言葉を交わす機会はこれまでなかった。


「ええ、そうです。お知り合いでしたか?」


「いやいや、話したことはないんですがね? カリアスがよく話題に出すので気になってしまいましてな!」


 騎士団長が笑いながら話している。

 そういえば、カリアス兄様は騎士団長とよく訓練していたと聞いたことがある。……どんな話題なのか気になるような聞くのは怖いような。


「サラマリアと申します。カリアス兄様がお世話になっております」


 殿下に許可を取り、挨拶をする。


「ああ、そんなに畏まらんでくれ!……しかし、カリアスの言っていた通りだなぁ」


 こちらを見る目が真剣なものとなっている。

 敵意がないことはわかっているが、どうしても身構えてしまう。


「隙がなく警戒をさせない立ち姿に、それとなく常に周囲を警戒する慎重さ。うーん、まだまだ何かの才能を秘めてそうだが、凄い人材だなぁ」


 うんうん、と納得したように騎士団長が頷いている。相対するだけでそこまで見抜かれるとは。さすがは騎士隊を束ねる騎士団長といったところだろう。


「サラマリア嬢、殿下のことを頼みますぞ」


「はい、全身全霊をもってお守りいたします!」


「はっはっは!まるでカリアスのような物言いだな!流石は兄妹だ!」


 愉快そうに騎士団長が笑う。

 この短い間でも親しみやすそうな人柄が伝わってきた。カリアス兄様が慕っているのもわかる気がする。


「カリアスを護衛につけられれば良かったんだがなぁ。こうもあからさまに遠ざけられるとは……」


「それができれば一番良かったのですがね……」


 殿下も残念そうにしている。

 たしかに、カリアス兄様がいれば安心できたことだろう。

 


「では、殿下。私の方でもできる限りのことをしておきますので、十分にご注意ください」


 こうして、騎士団長との会談を終えたのだった。



***


 

(やることが多いな……)


 騎士団長の執務室から退出し、自室に向かう。


 ひとまずは騎士団長に話を聞けたが、事態はかなり深刻だった。ここ最近動きがなかったのは、このために準備を進めていたためかもしれない。本気で、潰しにかかってきている。


 ただ、今から証拠を集めている時間はなく、そもそも情報を隠蔽されているに違いない。今の状況から、どうにか切り抜けなければならない。


(ハリには連絡をとっておくとして、数少ない西部の伝手も頼ろう)


 できる限りの手を打っておかなくてはならない。


「殿下、あちらから……」


 考え事をしていると、サラマリアから声をかけられた。前方を見ると、そこには供回りを引き連れたエーゼルトの姿があった。


「……これはこれは兄上ではありませんか。お忙しい中、こんなところでなにを?」


 ああ、面倒なことになった。

 いつもならすれ違っても声をかけてくることなどないというのに。今は嫌な笑顔でこちらを見ている。


「たまには息抜きもいいだろう? 私だって出歩くことくらいあるさ」


「息抜き、息抜きねぇ……」


 今日はやけに絡んでくる。

 まあ、おそらくは西部への訪問について、何か知っているのだろう。


「出歩く際は十分にお気をつけくださいねぇ?最近は物騒ですから!」


 笑いながら、エーゼルトが去っていく。

 もう隠す気もなさそうだ。だが、これで罠であることははっきりしたとも言える。


 なんというか、わかりやすい奴だ。



――――――



 西部へ出発する時がやってきた。

 時間はなかったが、できることはやったはずだ。


「セルフィン殿下、出発いたしましょう」


 今回、護衛の隊長を務めることになっている第一騎士隊の副隊長レギルデが声をかけてきた。


「ああ、出発しよう。よろしく頼むよ」


「はい、お任せください」


 レギルデの声に抑揚はなく、無表情だ。

 準備の際も淡々としていた。レギルデほどではないが、他の護衛の面々も似たようなものだ。異様に静かで規則正しく、どこか不気味であった。


 馬車に乗り込む。

 この馬車についても、何が仕掛けられるかわかったものではないので自ら手配した。出発時だけは馬車に乗らなければ不自然であるため大人しく乗っているが、身動きがとれない状況を避けるために途中から理由をつけて馬での移動に切り替えるつもりだ。


 いざという時のために、各地に逃走用の馬も配置している。逃走経路や合流地点なども入念に打ち合わせを行い、準備してきた。


「殿下、おかしな気配は今のところありません」


 馬車の中で、サラマリアが小声で報告してくれる。こういう時に、サラマリアの力は本当に頼りになる。奇襲の心配をしなくていいのだから。


「護衛の中に一人、恐ろしく強そうな者がいましたね」


「ああ、おそらくあれが騎士団長の言っていたヤズイルだろう」


 不気味な護衛の中で、異彩を放つ者が一人いた。

 そこにいるだけで威圧感があり、こちらの方を見て嫌な笑みを浮かべていたのだ。あの男は間違いなく危険だ。


「ヤズイルの動向には十分に注意しておいてくれるかい? おそらく、我々では歯が立たない」


「はい、もちろんです」


 こうして、西部への旅が始まった。

 どのような困難が待ち受けているかは、未だわからない。

 


 

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