第35話 閑話Ⅳ①
ついに、この日がやってきた。
今日はスルトザ兄様の結婚式だ。
楽しみにしすぎて、ここ数日はずっとそわそわしていたらしい。自覚はなかったのだが、殿下に苦笑しながら落ち着くよう言われ、とても恥ずかしかった。
「で、殿下、そろそろ……」
「ああ、そうだね。少し待ってくれるかい?」
ああ、どんな感じなのだろうか。
今まで結婚式に参加したことはなく、自分にとっては物語の中だけの話だった。現実に参加できるだけでも心躍ってしまうのに、それがスルトザ兄様のものとなればなおさらだ。
「さあ!行きましょう殿下!!」
「ふふ、そうだね。行くとしよう」
――――――
結婚式の会場にやってきた。
すでに多くの参列者が集まっている。かなり人数を絞ったという話を聞いていたが、それでもすごい人数だ。
殿下と共に会場に入る。
皇族という立場はこの場において最上位であるため、新郎新婦の親族に最も近い場所に案内された。警備が最も厳しい場所だ。
「ここなら安全だから、家族と話をしてくるといいよ」
殿下がそう提案してくれる。
「え、でも護衛が……」
「マンノーラン伯爵家の警備があるのだろう? 大丈夫さ。行っておいで」
殿下に気を遣わせてしまっているみたいだ。
ここはもう、好意に甘えてしまおう。それほど離れるわけでもないし、殿下の言う通り警備は万全だ。
「ありがとうございます殿下!行ってきます!」
……
「サラ〜!!会いたかったわぁ〜元気そうでよかったぁ〜!!」
「お久しぶりですミリ姉さん!」
マンノーラン伯爵家のところまでくると、ミリ姉さんが迎えてくれる。姉さんとは、専属護衛になる前の集会以来会えていなかった。ミリ姉さんが各地を飛び回っていることもあるが、自身が帰れていないことが原因だ。
「……サラ、とっても頑張っているのね。素敵よ」
ミリ姉さんがその目を優しげに細め、そう言ってくれる。いつも私のことを気にかけてくれていたミリ姉さんの言葉には、様々な思いが込められているように感じた。
「……ありがとう、ございます」
なんだか照れてしまった。
ミリ姉さんにはいつもお世話になっているから、お返しがしたいと常日頃から思っているのだが、何がいいだろうか。
「サラマリア!立派に護衛を務めているそうじゃないか!!偉いぞー!!」
ミリ姉さんと談笑していると、カリアス兄さんがやってきた。
「ありがとうございます!カリアス兄さんも活躍しているそうですね?」
帝城にいると、時折カリアス兄さんの話題が聞こえてくる。そのどれもが、兄さんの活躍を称えるものだった。
「はっはっは、俺などまだまださ!日々騎士団長に扱かれているよ!!」
カリアス兄さんは笑って謙遜しているが、ここ一年の経験のおかげかその強さが朧げではあるがわかるようになってきた。兄さんは噂に違わぬ強さを持っているようだ。
「……サラマリア、強くなったなぁ!!これは負けていられん!共に精進しようなぁ!!」
「はい!もちろんです!」
いつか、カリアス兄さんにも稽古をつけてもらいたいものだ。きっと、想像もつかない強さなのだろうと思う。
「サラマリア、よく来ましたね」
「サラ姉さん!元気そうで良かったよ〜!」
ヘルマ義母様とフィナも来てくれた。
フィナはこんなに大勢の人の中、大丈夫なのだろうかと心配になる。
「あ、サラ姉さん心配いらないよ!ボク、ちょっとずつ外に出るようにしてるんだ!」
先回りして、そう言われてしまった。
つい過保護になってしまっているが、これではフィナの成長を妨げてしまうことになる。
「そうなのね!北部の旅も問題なかったし、本当にすごい!でも、無理はしないでね?」
それでも、心配になってしまうのは仕方がない。なにせ、可愛い妹なのだから。
「うん!ありがとう!」
「ほっほっほ、この前ぶりじゃなぁサラマリア」
「ええ、二人とも元気そうでなによりですね」
ヘルマ義母様とフィナとで話していると、ノーゼント伯爵家のお祖父様とお祖母様がやってきた。
「お父様、お久しぶりです」
ヘルマ義母様がお祖父様に挨拶している。
なんだか口調が冷たいのは気のせいだろうか?
「お、おう、ヘルマ。久しぶりじゃのぉ?」
お祖父様の様子も少し変だ。
「……北部では、随分と熱心に殿下とサラマリアを鍛えてくださったそうですね?」
ああ、そういえばそうだった。
お祖父様が勘違いして、かなり厳しい訓練になったのだった。
「……いや、あれはヘルマの書き方が悪いんじゃないかのぉ」
「あとで、少しお話をしましょう」
ああ、お義母様の目が笑っていない。
「あ、あの、ヘルマ義母様。すごくためになる訓練でしたよ?」
「そうじゃよなぁ!? 流石はサラマリアじゃ!」
「それとこれとは、話が別ですので」
ぴしゃりと言われてしまった。
この状態の義母様は、自分にはどうしようもない。お祖父様には悪いが、諦めてもらうとしよう。
その後も、楽しくお喋りは続いた。
少し話し込んでしまったが、そろそろ式が始まる。殿下のところに戻ろう。
***
「殿下、戻りました。家族に挨拶する時間をいただき、ありがとうございました」
サラマリアが明るい表情で帰ってきた。
楽しく話ができたようで何よりだ。
「いや、いいんだよ。私としては、もう少しサラマリアには休んでもらいたいくらいだからね」
まあ、それもこれも専属護衛をもう一人選任してからの話になってしまう。
「いえ、今でも十分です!」
なにやらサラマリアのやる気が上がっているようだ。家族と話すことで、刺激を受けたのだろうか。
「あ!もう始まるみたいですね!」
サラマリアが姿勢を正し、目を輝かせている。
これを見られただけで、今回の結婚式に参加できて良かったと思う。
まもなく、結婚式の開始を告げる鐘の音が鳴った。
……
まず、新郎であるスルトザと、シュトロエム殿が入場してきた。会場全体が拍手に包まれる。
「わぁぁ〜!!」
サラマリアも夢中で手を叩き、とても小さな声で歓声を上げていた。とても可愛い。
次は、新婦のナリア嬢と、その親のモルテン男爵の入場だ。先ほどよりも大きな拍手が響く。
「ぅわぁぁ〜〜!!」
サラマリアは頬を紅潮させ、感嘆の声を上げていた。すごく可愛い。
純白のドレスに身を包んだ新婦のナリア嬢は確かに美しい。それに、真っ直ぐにスルトザを見つめる幸せそうな表情がなによりも目を惹いた。
壇上に、新郎新婦が出揃う。
二人は向かい合い、笑い合っていた。
ここから、宣誓を行う。
ガルディスタン帝国で宗教は禁じられていないが、浸透してはいない。他国では神に誓うことが一般的らしいが、この国においては異なる。
「私スルトザは、ナリアと生涯共にあることを誓う」
「私ナリアは、スルトザと共に幸福な家庭を築くことを誓います」
己に対する宣誓。
それこそが、最も崇高な誓いであると考えられている。
今日一番の拍手が響き渡る。
サラマリアと共に、拍手を送った。
(これが、結婚というものか……)
幸せそうに笑う二人を見て思う。
サラマリアと二人、あんな風になれればと強く思うが、その器が己にあるのだろうか。
あのように、笑い合える日がくるのだろうか。
(いかん、弱気になっているな……)
あまりにも幸福そうな空間に充てられて、揺らいでしまった。己の知る結婚、そして家族とはまるで違っていたから。
「素敵だったね。サラマリア」
「はい!とっても素晴らしかったです!!」
サラマリアの笑顔が眩しい。
その笑顔を見るたびに、いつだって胸が高鳴る。
いつかきっと、君と共に……。
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