第33話 第一皇子としての生誕祭
生誕祭当日がやってきた。
警備体制の見直しも含めて準備がやっと終わったことにサラマリアは安堵した。
直前に開催場所を直接見て回って確認することもできたので、事前にできることはやりきったはずだ。警備責任者の人とも何度か打ち合わせをして、より良い体制にできたとも思う。
「殿下、そろそろ参りましょう」
「ああ、サラマリア。今日はよろしくね」
殿下と共に、会場に向かう。
去年の今頃は、想像もできなかったことだ。
……
「誕生日おめでとう、セルフィン殿下」
「ありがとうございます、ネラエラ皇妃」
会場に到着し、皇族の方が待機する部屋に入る。そこにはすでに、皇妃と第二皇子がいた。
殿下の敵だ。
もちろん、表には出さないが。警戒だけはしておかなければならない。皇妃には専属護衛が二名ついており、いかにも強そうな雰囲気だ。ないとは思うが、急に襲われた場合には対処しなければならない。
「……兄上、誕生日おめでとうございます」
「……ああ、ありがとうエーゼルト」
第二皇子エーゼルトとも挨拶を交わしている。皇妃の方は涼しい顔をしていたが、第二皇子は憎々しげな目を隠しきれていなかった。帝城で出会うことはほとんどなかったが、偶然すれ違った時などもあの表情をしていたと思う。
「ほほほ、無事に生誕祭を迎えられて良かったですねぇ」
「ええ、本当にその通りですね」
挑発にしか聞こえない。
にこやかに会話をしている殿下はすごいと思う。内心でどう思っているかはわからないが、表情には出さずに隠しきっている。
「それもそこの、専属護衛に任命したという娘のおかげなのかしらねぇ?」
皇妃の矛先がこちらに向いた。
この場合、特に反応はしなくてよかったはずだが。
「サラマリアにはいつも助けってもらってますよ。今日の警備体制も彼女に任せたくらいですから」
「あら、そうなのね? あんまり可愛らしいものだから、専属護衛なんて務まるのかしらと思っていたけれど?」
「立派に護衛を務めておりますよ。彼女以外には考えられないくらいですね」
ああ、なんだか険悪な雰囲気になっている。
殿下の圧も強まっている気がするのだが。
「……ふん、まあいいでしょう。来年の生誕祭もそこの娘と共に無事に迎えられるといいですわねぇ」
そう言って、皇妃は去っていった。
それに第二皇子も続いていく。
「はっ、そんな弱そうな専属護衛など、皇族の品位を落とすだけだな」
去り際、第二皇子がそんな言葉を吐く。
「好きに言えばいいさ。皇族の品位を落としているのは、果たしてどちらかな?」
殿下にしては、棘のある言い方だ。
それを聞いた第二皇子は、舌を鳴らして出ていった。
「ふぅ、すまないねサラマリア。不快だっただろう」
「いえ、問題ありません。殿下の方こそ、お疲れ様でした」
殿下が申し訳なさそうにしているが、どう考えても殿下の精神的負担の方が大きい。命を狙ってくる者を相手に、丁寧に対応しなくてはならないのだから。
「ふふ、私の方は慣れてるからね。それに今は君もいることだし」
「……殿下の力になれているなら良かったです」
(殿下は、お強いな……)
ずっと一人で闘ってきたのだ。
少しでも支えになれればと思う。
少し経って、皇帝陛下の来訪が告げられた。
生誕祭が始まる。
***
(サラマリアがそばにいるだけで安らぐな……)
毎年毎年面倒な行事だった。
しかし、去年の出来事で特別な日になった。己にとっては、サラマリアと出会えた日を祝っているようなものだ。
参加者に向けた短い演説を終えて、生誕祭が始まった。続々と貴族たちが挨拶をしにきている。
「これはこれは皇帝陛下にセルフィン殿下、ご無沙汰しておりますねぇ。バルハーダ公爵家当主、ゴルテランがご挨拶申し上げますぅ。この度はお誕生日、誠におめでとうございますねぇ」
東部の件で頼ったゴルテラン殿が挨拶に来ていた。
「ゴルテラン殿、先般はお世話になりました」
「なんのなんのぉ、殿下と私の仲じゃありませんかぁ。あれくらいどうということもありませんよぉ?」
相変わらず癖が強い。
その後に、公爵の娘であるアリアナとも挨拶を交わした。
「殿下もあと一年で成人ですわね? 更なる成長に期待しておりますわ!」
「ありがとうございます、アリアナ様」
なぜこんなにも上からの物言いなのだろうか?
まあ、それは別に構わないのだが。
挨拶はどんどんと進み、マンノーラン伯爵家の長男スルトザ殿が挨拶に来ていた。サラマリアも出席者として扱うことにしたので、今日は一人だ。
「スルトザ殿、サラマリアにはいつも助けられている。マンノーラン伯爵家に感謝を」
「過分なお言葉でございます。その功績は、マンノーラン家のものではなく、サラマリア個人のものでありますれば」
律儀なものだ。
だが、その言葉は好ましい。
「ふふ、ではそういうことにしておこう。スルトザ殿にも期待している」
サラマリアの兄というだけでなく、スルトザ殿個人も大変優秀であるため、仲良くしておきたいところだ。結婚式の件で迷惑をかけてしまったが。
挨拶の行列も中盤に差し掛かったため、昨年と同様に休憩を挟むことになった。今回は庭園に出るのは流石に控えておこう。生誕祭が終わった後には出るつもりだが。
皇族の待機部屋に仕方なく入ることにする。
そこに皇妃と第二皇子の姿はなく、皇帝とその専属護衛のみがいた。
(わざわざ話しかけることもあるまい)
特に気にせず、通り過ぎようとする。
離れた場所で座っていればいいだろう。
「……その娘が、お前の専属護衛か」
驚いた。
皇帝の方から話しかけてくるなど、そうそうあることではない。
「ええ、そうです」
警戒してしまう。
なぜサラマリアに興味を持たれているのかはわからないが、この話題は早く切り上げたい。
「ふん、そう警戒するな。とやかく言うつもりなどないわ」
つまらなさそうに皇帝が言う。
だったら、なぜ声をかけてきたのか。
「第一皇子としては、最後の生誕祭であろう。どのような結果になろうともな」
「……そうなりますね」
生き延びれば、次は皇太子としての生誕祭となる。逆は考えたくもないが、その場合はこの世にいない。
「せいぜい帝国の発展に尽くすがよい」
一方的に話を打ち切られた。
勝手なものだが、皇帝などそんなものだろう。こんな風になる気は、さらさらないが。
……
休憩が終わり、挨拶を再開する。
スーザニア子爵家のレイバルとルイザが今年もやってきていた。レイバルの方は、体付きが一回り大きくなっていた気がする。よく鍛えているのだろう。
その後も挨拶を無難にこなして、やっと終わりが見えてきた。
ふと、皇帝の言葉を思い出す。
第一皇子としての最後の生誕祭。あまり意識はしていなかったが、改めて言われるとよくここまで来れたように思う。
もちろん、ここからが最も困難な一年になることはわかっている。だが、そもそも昨年の生誕祭で命を落としていた可能性もあったのだ。
全ては、サラマリアのおかげだ。
挨拶が終わり、閉会が告げられ、大勢の参加者たちが退場していく。
己にとっては、ここからが本番と言ってもいい。
「サラマリア、少し庭園に出ないかい?」
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