第32話 生誕祭準備


 サラマリアが毎年憂鬱に思っていた行事が近づいている。


 セルフィン殿下の生誕祭。

 だが、今年の意気込みは違っていた。


(絶対に、去年のようなことは起こさせない!)


 殿下の専属護衛となるきっかけとなった生誕祭での暗殺未遂事件。自分が護衛となったからには、警備を徹底的に見直し、不審な者は一切通す気はない。

 

「殿下、ここの巡回についてなんですが……」


 普段は殿下の仕事に口を挟むことはないが、今回だけはできる限り進言している。


「……おお、こんなところも通れたんだね。ありがとう、修正しておくよ」


 生誕祭が開催される場所について、侵入できそうな箇所はすでに頭に入っていた。念のため、開催直前には現地をもう一度確認するつもりだ。


 殿下が嫌な顔ひとつせずに意見を取り入れて褒めてくれるので、つい調子にのってしまいそうになる。その度に、お祖父様との訓練を思い出すことにしている。


 あの訓練は衝撃的で、貴重な経験だった。

 そして、理解してしまった。たった一人、規格外の強者がいることで、事前の準備など吹き飛ばされてしまう可能性があるということを。


(やっぱり、殿下が逃走できる経路を見直しておこう)


 できることは全てやっておかねば。

 そして、想定を超える出来事があった時に、臨機応変に対応できる心構えが大事になってくる。


「ふー、サラマリア、少し休憩しようか」


「はい、殿下」


 殿下はここのところ働き詰めだ。

 その上、剣の鍛錬も増やしているので、倒れてしまわないか心配になっている。

 


 

 ミリ姉さんが送ってくれた茶菓子を摘みつつ休憩していると、殿下がこちらを見ていた。


「……そういえば、サラマリアの誕生日はいつなんだい?」


「誕生日ですか? 殿下のお誕生日の次の日ですね」


 誕生日を毎年盛大に祝うのは、皇帝陛下と、後継者とみなされる皇太子や第一皇子といった立場の人くらいだ。帝国貴族の場合、成人になる二十歳の誕生日はパーティーを開いて派手にお祝いすることが多い。それ以外の誕生日は、身内でささやかなお祝いをするくらいだ。


 ミリ姉さんなんかは、毎年贈り物をしてくれているが。そういえば、頼んでいたものは届いただろうか?


「おお、そうなんだね」


「どうかされましたか?」


「ん?ああ、サラマリアも私と同年齢だから、あと一年ほどで成人だろう?その日はお祝いをしなければと思ってね」


 そうか、あまり意識していなかったが、私も成人が近づいているのだ。殿下の生誕祭の次の日だから、かなり忙しくしているのではないだろうか。


「そんなに、気を遣わないでくださいね? まだ先のことですし……」


 でも、少し期待してしまう自分もいる。

 家族以外に祝われることなど、今までなかったから。



***



(うまく、取り繕えたか……?)


 セルフィンは内心の焦りを気づかせないように必死になっていた。今は仕事に戻っている。


 己の生誕祭の準備をしていて気づいたのだ。

 サラマリアの誕生日を知らないことに。


 気づいた時はかなり焦った。

 己の誕生日など面倒でしかなかった上に、誰の誕生日も祝ってこなかったので気づかなかったのだ。


 だが、知識はある。


(大事な人の誕生日は祝わなければ駄目だろう……!?)


 己の無頓着さに愕然とし、この遅れを取り返すため、サラマリアに直接聞くことにしたのだ。着任してからもうほとんど一年が経つため、過ぎている可能性は非常に高かったが、聞くしかなかった。


 己の誕生日の次の日、と聞いて奇跡はあるのだと思った。それならば、まだ着任する前だ。一週間前とかでなくて本当に良かった。


 それに、特に意味はないが誕生日が近いということに、どことなく嬉しさを感じてもいた。


(贈り物を、準備しなければな)


 それほど時間はない。

 成人の日に祝うと先ほどは言ったが、聞いたからには毎年祝うつもりだ。祝わないでどうする。


 しかし、贈り物?

 サラマリアが喜ぶものを贈りたいが、なにを贈ればいいのか。宝石や貴金属を喜ぶようには思えない。それに、高価なものなら姉君が贈っているだろう。


 ここはもう、恥を忍んでヘルマ夫人にこっそりと手紙を書こう。日頃の感謝をサラマリアに伝えたいといった感じで、誤魔化せばいけるはずだ。


(サラマリアの好みも把握しておきたいが……)


 ふと、広げていた書類が目に留まる。

 それは、生誕祭の内装に関するものだった。


「……サラマリア、内装についてなんだけどね?毎年頭を悩ませているんだ。参考程度なんだが、君はどんな色が好きなんだい?」


「色、ですか?」

 

 あからさますぎるか?

 いや、サラマリアは気づいていない様子だ。真剣に考えてくれている。


 ……それはそれで、己が邪な考えをしているようで辛くなってきた。


 


「そうですねぇ、殿下といえば、その瞳の赤色はとても綺麗だと思いますね」

 


 

(くっ……!?)


 己には破壊力の強すぎる言葉だった。

 同じような言葉はこれまで散々言われてきたはずなのに、相手がサラマリアというだけでこんなにも違うとは……!!


「そ、そうかい?ありがとう」


 

 

「ええ、私は好きですね」



 

(ぐっ……!?)


 自分で振った話題で、かなり動揺してしまった。これはもう、仕事は手につかないだろう。


 貴女の金色の瞳の方が綺麗だ、と言いたくなったが理性で押し留めた。危ないところだった。



 

 後になって、贈り物の参考にはならないことに気づいた。己の瞳と同じ色の贈り物など、例え恋人でも躊躇うのではなかろうか。



――――――



 生誕祭の準備は滞りなく進んでいる。

 しかし、己の生誕祭のために毎回こんなに忙しくなるのは、いかがなものだろうか。


「殿下ー、あとはここに署名をお願いしますねー」


 今はカーデンがやってきていて、最終確認中だ。

 これが終われば、やっと解放される。


「そういえば、警備体制を大幅に変えたみたいですけど、あれって殿下の案ですかー?」


「ん?いや、あれはサラマリアの提案だね」


「あの、カーデンさん、なにか問題でもあったのでしょうか……?」


 サラマリアが不安そうな表情をしている。

 確認した限り、特に不備はなかったように思うが。


「おーサラマリアさんでしたかー。問題というか、逆に絶賛されてましたねー」


 絶賛……?


「警備の責任者を今年から変えましたよねー?その新任の人がとても感謝していましたよー」


 ああ、そうだ。

 昨年の生誕祭で起こった暗殺未遂は広まっていない。しかし、あんなことが起こったのだから警備責任者は交代させていた。


「それは、良かったです……!」


 サラマリアが嬉しそうだ。

 他の者たちにもサラマリアの有能さが伝わるのは良いことだと思う。


「警備責任者には、サラマリアが提案したものだと伝えておいてくれるか? なにか質問でもあれば、サラマリアに尋ねるようにとね」


「で、殿下!?」


「わかりましたー」


 サラマリアが驚いているが、カーデン以外にも知り合いは作っておいて損はない。人脈は、時に大きな力となる。


「さあ、生誕祭の準備もあらかた終わったね。あとは細かな調整くらいだろうけど、当日までよろしく頼むよ」


 


(さて、贈り物を考えよう)


 ある意味、こちらの方が難題だ。

 

 生誕祭まで、あと少し。

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