第31話 訓練の果てに


 お祖父様との訓練が続く。

 サラマリアは必死に食らいつこうとしていた。


「はっ、軽い、軽いのぅ」


「ぐっ……」


 打撃を受けて飛ばされる。

 訓練の間に受け身だけは上達を感じていた。


「守るだけでよいのかぁ!?圧が足りんのぉ!」


 転がされている間、殿下に攻撃が集中する。少しは耐えられるようになったが、一人ではすぐに限界がくる。

 

 そして、吹き飛ばされた。


 これで、もう何度目だろう。


「ふぅむ、朝の訓練はこのくらいにしておくかの。朝飯にするとしよう」


「あり、がとう、ございました……」


 お祖父様は全く疲れを見せていない。

 ボロボロの自分たちとは大違いだ。


「では、先に行っているのでな。動けるようになったらくるがよい」


 そう言って、お祖父様は行ってしまった。

 痛みを堪え、寝転がる殿下の側まで近づく。


「……殿下、無事、ですか?」


「ん、ああ、まあ、無事なのだろう、ね」


 死んでいなければ、とお祖父様は言っていた。それ以外ならば無事ということなのだろう。


「あれほど、理不尽な存在は初めてみたよ」


 殿下が身体を起こし、苦笑している。


「そうですね……、だからこそヘルマお義母様は経験しておくべきだと考えたのでしょう」


 理不尽な存在や超越した存在といった話は、よく聞くものだ。だが、話を聞くのと実際に対峙するのとでは天と地ほどの差がある。


「ああ、それを知れただけでも収穫だろう」


 上には上がいる。

 そして、挑んではいけない者も存在する。


「ええ、良い経験になりました」


 悔しい気持ちは、ある。

 あのような存在を前にしては、殿下を守ることができないことがわかってしまったから。


「サラマリア、聞きたいことがあるんだが……」


「なんでしょうか?」


 殿下が少し言いにくそうにしている。


「先程ドルアロス殿は、『朝の訓練は』と言っていたような気がするんだが……」


 ……言っていた、気がする。


「そう、ですね……」


「そうか……、これは、まだ続くんだね」


 それは、諦めたような乾いた笑みではあった。

 それでも、辞めようとは言わないのが殿下らしい。



 ……



 あのあと、医療班と呼ばれた人がやってきて簡単に治療をしてくれた。手慣れたもので、次の訓練にも支障はないとのことだった。……支障は、ないらしい。

 

 少し休憩し、動けるようになったので食堂にやってきた。まだ身体のいたるところが痛いが、治療のおかげか幾分マシにはなっている。


「おお、遅かったのぉ」


「えぇ!?どうしたのサラ姉さん!!」


 フィナには一応説明しておいたが、こんなことになっているとは思っていなかったのだろう。


「お祖父様!サラ姉さんが!!」


「ああ、そんな泣きそうな顔で見んでくれぇ。儂も心が痛いんじゃ……」


 お祖父様とフィナが話しているのを聞きながら席につく。すると、続々と料理が運ばれてきた。


(朝から、こんな量を……?)


 ただでさえ訓練で疲れ、食欲がない。

 殿下を見ると、いつもの表情に見えるが若干引き攣っている。


「はっはっは、食わんと強くなれんぞ? それに、午後の訓練で動けなくなってしまうわ!」

 

 そんな様子を見て、お祖父様が笑って言った。

 ……いや、口調は笑っているが、目は真剣そのものだ。これは、食べなければならない。


(が、頑張ろう……!!)


 意を決して、一口目を食べる。

 肉の旨みが口全体に広がった。美味しい。確かに美味しいのだが……重い。


 殿下も勢いよく食べ始めた。

 そもそも殿下に盛られている料理の方が多いのだ。自分が泣き言を言うわけにはいかない。


 こうして、時間はかかったものの、なんとか二人とも食事を終えたのだった。


 

***



(食事のほうが、辛かった気もする……)


 なんとか食べ終えたが、あの量を食べたのは初めてかもしれない。午後の訓練と言っていたので、まだ時間はあるはずだ。ゆっくりと身体とお腹を休めよう。


「サラマリア、午後の訓練のことだが、何か対策は思いつくかい?」


「現状、逃げ回ることしかできないかと……」


「そうだね……生き延びるという意味では間違っていないとは思うんだけど」


 手加減してもらっているのはわかるが、それでも実力差が大きすぎる。これを二人でどうにかしようということが間違っているのではないか。


 援軍が来るまでの時間稼ぎ。

 そこに重点を置いて、午後の訓練を受けようと決めた。


……



(いやこれは無理なのでは?)


 午後の訓練が始まってしまった。

 時間稼ぎに徹しようとしたものの、この攻撃は捌き切れるものではない。


「はっはっは、これでは今朝と何も変わらんのぉ!」

 

「くっ……そんな、ことは」


 わかっている。

 どうにか凌いでいるように見えるが、明らかに手加減されている。的確に足りない部分指摘してくれているのかもしれない。打撃で。


 サラマリアも果敢に死角を突いて攻め込んでいるが、全て弾かれ反撃されている。どうしてあれに反応できるのか。


(よし、逃げ続けよう)


 五度目に吹き飛ばされた時、覚悟を決めた。

 あの攻撃を受けることは不可能だ。距離をとって逃げ続けよう。


「……む?」


 動きが変わったことを悟られたようだ。

 サラマリアにはもう伝えてある。


「ほぉ?逃げ切れるかのぉ」


 ドルアロス殿が楽しそうに笑っている。

 気乗りしないと言っていたのが嘘のようだ。


 そこからは訓練場内を走り続けた。

 サラマリアももはや、なりふり構わず投げナイフなども使って動きを牽制している。


(だが、これはこれで辛い……!)


 なにせ常に動いている。

 体力の消耗が激しく、息が切れる。だが、確実に時間は稼げていた。


 


「なるほどのぉ……そういうことか」


 突然、ドルアロス殿が動きを止めた。

 やはり、逃げるだけでは駄目だったか?


 なにやら、考え込んでいる様子だ。


「……殿下が闘気を扱えるようになるまで徹底的にやるのかと思っておったが、違ったようじゃのぉ」


 力が抜ける。

 闘気なんてものを、この短期間で身につけることなどできるはずがない。


「お祖父様、それはさすがに……」


 サラマリアが言葉を選んでいるが、呆れているように見える。


「じゃから儂も気が乗らんと言っておったじゃろう!?ヘルマも言葉が足りんわい!」


「では、訓練はもうよろしいので?」


「いや、これはこれで意味がありそうじゃから続けるとしようかの。もう少し手加減はするし、指導もするとしよう」



 その後も訓練は続いてしまったが、長く将軍を務めていただけあって指導は的確だった。確かな成長を感じられたため、何も言えない。


 こうして、勘違いにより大変厳しくなってしまった訓練は終了したのだった。



――――――



 訓練の日から一夜明け、帝都に戻る日となった。


 身体のあちこちに痛みが残っているが、馬車で移動するくらいは問題ないくらいには回復している。


「お世話になりました。このご恩は忘れません」


 見送りに来てくれたドルアロス殿とザリア夫人に別れの挨拶をする。


「いやいや、むしろ儂の方が感謝したいくらいじゃ。久々に孫娘に会うこともでき、ここ数日は充実しておったわ」

「ええ、こちらこそありがとうございました殿下。それに……夫がやりすぎたようで、申し訳なく思っています」

 

 ザリア夫人の言葉に、ドルアロス殿が視線を逸らしている。夫人も訓練のことは知っていたが、あそこまで厳しいものとは聞いていなかったらしい。


「いえ、とても貴重な経験をさせてもらいました。ドルアロス殿には時間を割いていただき感謝しています」


「そう言っていただけると、この後の小言も少なくてすみそうですね」


 夫人がにこやかに言ってのける。

 ドルアロス殿はこちらを見て、『よくやった!』というような表情をしていた。


「ごほん!それに、未来の皇帝の人柄を見れたことも大きな収穫じゃった」


 唐突なその言葉に、目を丸くする。

 まさか、ここまで言ってくれるとは。


「殿下、なんとしても生き延びるのじゃ。そしてどうか、サラマリアを死なせんでおくれ」


「お任せください。必ずや我々は生き抜いてみせます」


 力強く答える。

 ドルアロス殿は満足そうに頷いた。


「サラマリア、フィナフラ。お前たちも達者でな。何かあれば遠慮なく頼るのじゃよ?遠い地ではあるが、必ずや力になろう」


「ありがとうございます、お祖父様」

「ありがとう!また来るね!」


 ノーゼント領は遠い。

 次に会うことができるのはいつになることだろうか。


「まあ、スルトザの結婚式でまた会うんじゃがな!」


 はっはっは、とドルアロス殿が笑っている。

 確かに、そこでまた会えるのか。その時を楽しみにしていよう。

 


 別れの挨拶を済ませ、馬車に乗り込む。

 今回の訪問は、得られるものの多い旅だった。


「またねーーーー!!」


 フィナフラ嬢が、馬車から身を乗り出し大きく手を振っている。


 帝都までの道のりは長い。

 その間に、持ち込んだ仕事は終わらせてしまわなければ。


 帝都に戻れば、生誕祭の準備が待っている。

 

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