第30話 白戦鬼


「さあ、堅苦しい話は終わりじゃ終わり!」


(本当に、面倒だったんだろうな……)


 サラマリアは、いかにもお祖父様らしいと思い内心で苦笑すら。おそらくだが、セルフィン殿下につくことは予め決めていたのだろう。


 それでも、自分のために釘刺しておいてくれたのだ。フィナと同じように、自分も心配されていたのだろう。お祖父様の心遣いに感謝する。

 


 食事は進み、歓談も続く。フィナとお祖父様は、孤児院での演奏会の話で盛り上がっている。


「それでね、最後に〔白雪と共に〕を演奏して、みんなで歌ったの!」


「そうかそうかぁ、よかったのぉ」


 お祖父様がニコニコしている。

 この場面だけ見れば、孫娘を愛でる優しいおじいちゃんという感じだ。とても戦場で恐れられていたとは思えない。


「あの歌はなぁ、兵士の間でも定番で、よく皆で歌ったものじゃわい」


「そうなんだ!楽器を持ってきてるから、明日一緒に歌お?」


「おぉ、ええぞええぞ。フィナの演奏が聴けるなんて、長生きするもんじゃなぁザリア」


「ええ、本当に。とても楽しみですわね?」


 

 その後も楽しいお喋りは続き、そろそろ休もうかというところで、お祖父様から声がかかった。


「セルフィン殿下とサラマリアの二人は、この後儂の執務室に来てくれんか?」


「承知しました。すぐに伺います」


 殿下と共に了承する。

 今後について、何か話があるのだろうか。


 

――――――



「おお、すまんな。長旅で疲れたろうに」


 執務室に入ると、お祖父様が何やら難しい表情で書類を眺めていた。自分たちに関係のあることなのだろう。


「ああ、座ってくれ。何も堅苦しい話ではないんじゃ」


 お祖父様にしては珍しく歯切れの悪い様子だ。不思議に思いながら、対面に座る。


「この手紙なんじゃが、ヘルマからのものでのぉ」


 ヘルマ義母様からの手紙だった。

 なにか良くないことでも起こったのだろうか?


「ヘルマ義母様になにかあったのですか!?」


「ああ、いやすまん!そういうことでもないんじゃ。……ああ、もうまどろっこしいのぅ。二人とも目を通してくれ!」


 手紙を受け取り、目を通す。

 かなり短い文章だった。



 お父様


 そちらにセルフィン殿下とサラマリアが向かいます。本気で訓練をつけてあげてください。


 あの子たちが生き延びるために。


 追伸

 お父様は説明が面倒になって、おそらくサラマリアもこの手紙を読んでいることでしょう。


 強くなりなさい。

 その経験は、必ず貴女たちの糧となります。




「これは……」


 すぐに読み終わった。

 ヘルマ義母様らしい文章だ。


「まあ書いてある通りなんじゃがな?儂としては気乗りせんのよなぁ。孫娘相手に本気など……」


 お祖父様の本気など見たことはないが、噂通りであれば敵うはずもなく、とても危険な訓練となるだろう。それでも、義母様が言うからには意味があることなのだと思う。


「じゃが、お主らが生き延びるためと言われたら断ることもできん……。セルフィン殿下よ、どうするかね?」


 お祖父様が殿下に問いかける。

 果たして殿下は、どう答えるだろうか。



***



「もちろん、お願いいたします。それが、生き抜くことに繋がるのならば」


 断る理由などない。

 本気のドルアロス殿と訓練をして、無事でいられるとは思わないが。それでも、やるしかない。


「ほう?即答とはな」


 ドルアロス殿が片眉を上げてこちらを見る。

 躊躇うと思っていたのだろうか?


「我々が生き延びるためと言われて、躊躇う理由などありません」


 ドルアロス殿が目を瞑り、頷く。


「なるほど……あいわかった。そこまでいうのであれば、お相手いたそう」


 ドルアロス殿の雰囲気が真剣なものに変わる。


「明朝、訓練場に来るがよい。今日はよく休んでおくことじゃな」


「わかりました」


 

 話は終わり、執務室を後にする。


「すまないね、サラマリア。勝手に決めてしまって」


「いえ、私も受けるべきと思っていましたから」


 部屋を出て冷静になると、食事会で宣言したにもかかわらずサラマリアの意思を聞いていないことに気づいて焦った。流れで応えてしまったことを反省しよう。


「お祖父様のあの様子だと、おそらく生半可な訓練ではないはずですが……」


「ああ、そうだろうね。だが、今後のためになるのだろう?」


「そう、ですね……」


 ならば、やらなければ。

 ここまでお膳立てされて、命の危険なく成長させてくれるというのだ。むしろ感謝せねばならない。


「生きて、帰りましょうね、殿下」


 ……命の危険はないよな?



――――――



 明朝、使用人に案内されて訓練場に入る。


 そこにはすでに、ドルアロス殿が立っていた。

 目を瞑り、微動だにしていない。立っているだけのその姿すら、威圧感を放っていた。


 その手には、太い棍棒を持っている。

 練習用の剣は使用しないようだ。


「……来たか」


「はい、よろしくお願いします」

「よろしくお願いします、お祖父様」


 ドルアロス殿が目を開き、こちらを見た。


「本気でやれと書いてあったのでな。鉄であれば殺してしまうかもしれんから、儂の獲物はコレじゃ」


 ドルアロス殿が棍棒をゆっくりと持ち上げ、肩に担いだ。どうやら、加減をしてくれているようだ。


「……油断するでないぞ?こんな棒切れでも、集中を欠けば命取りになると知るがよい」

 

 ドルアロス殿が構えをとる。

 それに合わせ、こちらも訓練用の剣を構えた。


「さあ、始めよう」


 その瞬間、闘気が立ち上る。

 可視化できるほどの白い闘気を纏ったその体躯は、一回り大きく、そして禍々しく見えた。


〈白戦鬼〉

 

 その言葉が脳裏をよぎった直後。


「……油断するなと言ったはずじゃ」


 突然の衝撃に身体が吹き飛び。


「殿下!!」


 その言葉を最後に、意識を失った。



 ……



「殿下!殿下!!」


「あ、ああ、サラマリア」


 意識が浮上してくる。

 それと同時に、身体の痛みを自覚した。


(見込みが、甘すぎたっ……!!)


 油断などしていなかった。

 しっかりとドルアロス殿を注視し、次の行動を予測しようとしていた。


 その結果がこれだ。

 なにも見えず、なにも反応できず、ただ殴られて気絶しただけ。少しくらいは持ち堪えられると考えていたことすら、慢心だったというのか。


 強すぎる。


「くっ、情けないところを、見せてしまったね……」


 痛みを堪え、立ち上がる。

 これでも加減してくれていたはずだ。でなければ、絶命していてもおかしくはない。


「殿下、まだ続けるおつもりですか!?」


 サラマリアが驚いている。

 だが、続けるのは当然だろう。


「まだ、なにも、得られていないからね」


 この経験が我々を強くするとヘルマ夫人が言うのであれば。そこに意味は必ずある。


「……ふむ、根性はあるようじゃな」


 再び剣を構える。

 まずは、初撃を凌がなければ。


「ノーゼント家の医療班は優秀じゃから安心せい。死ななければ、元通りになるじゃろう」


〈白戦鬼〉が迫る。

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