第28話 白雪と共に


 旅は何事もなく続いている。

 フィナが体調を崩すこともなく、元気に過ごせていることにサラマリアは安堵していた。


(ここまで来ると、かなり涼しくなるのね)


 帝都ではだんだんと気温が高くなってきているのを感じていたが、北部の中央を越えたくらいになると過ごしやすい気候になっている。


 行程の半分以上が過ぎ、もうすぐノーゼント伯爵領に入るところだ。ノーゼント邸にはまだ向かわず、先に孤児院に訪問する予定になっている。


(それにしても、いい音色ね)


 今は休憩中だ。孤児院が近づいてきたこともあり、フィナが演奏の慣らしをしている。楽器のことはよくわからないが、今は横笛のようなものを吹いていた。そよ風と共に心地のいい音色が流れ、とても穏やかな気分だ。

 

「フィナフラ嬢は、とてもいい演奏をするね」


 側にいた殿下も心地よさそうに演奏を聴いている。


「そうでしょう?あの子は凄いんです」


 フィナが褒められて嬉しくなる。

 フィナの演奏家としての側面ははまだあまり知られていないから、もっと評価されて欲しいと思っている。


「ああ、本当に」


 殿下が優しい目でフィナの方を見ている。

 最近、なんというか、表情が柔らかくなった気がする。


 殿下と演奏を聴いていると、曲が終わった。

 フィナがこちらに駆け寄ってくる。


「ど、どうだったかな?上手くできてるかな?」


 芸術の天才だと持て囃されているが、人前で演奏する機会は少なかった。きっと、不安もあるのだろう。


「とっても素敵だったわ!」

「素晴らしかったよ。子供たちも喜ぶだろう」


 殿下と共に称賛する。

 よかったぁ、とフィナが安堵しているようだ。


 そして、なぜかこちらを見つめている。


「どうしたの?」


「……ふふっ、なんでもなーい!」


 そう言って楽しげに馬車に戻っていった。


「なんだったんでしょうね?」


「さあ、なんだろうね?」


 殿下と二人で首を傾げる。

 まあ、フィナのことだ。なにか次の閃きでもあったのだろう。


「さあ、私たちも戻ろうか」


 そう言って、馬車へと戻っていく。

 孤児院まで、あと少しだ。



***


 

(ようやく、着いたか)


 セルフィンは、無事に孤児院のある町に辿り着けたことに安堵する。フィナフラ嬢も元気そうでなによりだ。


 さっそく孤児院に向かう。

 予定通りに到着したため、特に問題はないだろう。孤児院まで着くと、院長が出迎えてくれた。


「これはこれは、セルフィン殿下。ようこそおいでくださいました。お元気そうでなによりです」


 ここの院長とは顔見知りだ。

 しばらく訪問できてはいなかったが、覚えてくれていたようだ。


「お久しぶりです、ダニル院長。……なにか、危険なことはありませんでしたか?」


 東部での出来事を思い出し、聞いてしまう。

 あのような事件はあってはならない。


「ああ……東部の件ですな……。幸いにもこの孤児院はノーゼント伯爵様に守られておりますゆえ、平穏無事に過ごせております」


「そうか……良かった」


 ひとまず、何事もないらしい。

 ノーゼント家に感謝だ。


「そうだ、紹介をしておかないと。こちらが、私の専属護衛を勤めてもらっているサラマリアです」


「マンノーラン伯爵家次女、サラマリアと申します。ダニル様、よろしくお願いいたします」


「そして、こちらがサラマリアの妹君であるフィナフラ嬢です。本日、演奏会をしてもらう予定ですね」


「マンノーラン伯爵三女、フィナフラです!ほ、本日はよろしくお願いします!」


 フィナフラ嬢は緊張しているのか、かなり勢いがついていた。


「これはこれはご丁寧にありがとうございます。この孤児院の院長を勤めておりますダニルと申します。皆様の訪問を心より歓迎いたします」


 ダニル院長がゆったりと丁寧に挨拶をし、フィナフラ嬢の方を向いた。


「フィナフラ様の演奏会を子供たちは皆心待ちにしておりました。何もないところで恐縮ですが、よろしくお願いいたします」


「が、がんばります!!」


 フィナフラ嬢の気合いが入りすぎているように見えるが、大丈夫だろうか?


「ああ、申し訳ありません。気負わせるつもりはなかったのです。フィナフラ様の思うように、演奏なさってください」


 ダニル院長が柔らかく微笑む。

 人を安心させるような笑みに、フィナフラ嬢の緊張は僅かに和らいだように見えた。


「おっと、皆様を立たせたままでしたね。中へご案内しましょう」


 ダニル院長に続き、中に入る。

 いよいよ、フィナフラ嬢の演奏会だ。



――――――



「さあ、今日は皆のために、あのフィナフラ様が遠いところから来てくれました」


『うわぁ、あのひとがフィナフラさまなんだー』

『かわいいー!』

『このひとが、〔ミリウと黒き竜〕をかいたのか!?』


 フィナフラ嬢は子供たちにも有名なようだ。いくつか子供向けの本も書いており、その名が知れているのだろう。マンノーラン家から各地の孤児院へ寄贈されていると聞いたことがある。


「ふふふ、なんと今日はみんなのために演奏会を開いてくれるそうです。静かに聞くのですよ?」


『はーい!』


 それではお願いします、と言うとダニル院長は下がっていく。入れ替わりで、フィナフラ嬢が前に立った。

 

「みなさん!フィナフラと言います!今日はよろしくお願いします!」


 良かった、ちゃんと言えたようだ。

 演奏よりも挨拶の練習の方が長かったくらいだ。


 パチパチと、子供たちから拍手が送られる。


 フィナフラ嬢が横笛を構えた。

 そして、演奏が始まる。


 〜〜


 奏でる曲は帝国で馴染みのあるものだ。

 ただ、いつも聴いている曲とは明確に何かが違う。そう感じるような、心に染み渡る演奏だった。


 演奏が始まる前はざわざわしていた子供たちも、真剣に聴き入っている。子供たちも心奪われるほど、美しい旋律だった。


 演奏が終わる。


 先程よりも大きな拍手が響いた。


「ありがとうございました!次の曲も聴いてください!」


 フィナフラ嬢が弦楽器に持ち替える。

 次の曲は聞いたことのない曲だ。フィナフラ嬢が作曲したものかも知れない。


 先程とは打って変わって、力強い曲調に圧倒される。子供たちも釘付けになっているようだ。



 ……



 その後も何曲か演奏し、演奏会は終わりに向かう。どれも素晴らしい演奏だった。


「そうだ!みんなはどんな曲が好きかな?」


 フィナフラ嬢が子供たちに語りかけている。演奏しているうちに、緊張はなくなったようだ。


『えー、なんだろー?』

『わたし、あのきょくがすき!』

『〔白雪と共に〕!!』


 それは、北部に伝わる有名な曲だった。

 北部の民のほとんどが聞いたことのある曲だろう。


 寒さ厳しいこの地で、力を合わせて生き抜くことを誓い合う。そんな、民に広く愛され、歌われる曲だ。


「おお!いいね!それじゃあ最後の曲はそれにしよう!みんなも一緒に歌ってね!!」


 フィナフラ嬢が、孤児院にあった古い鍵盤楽器に座る。音を確認し、演奏が始まった。


 子供たちが皆、楽しそうに歌い上げる。


 それは、美しい時間だった。


 そっと、側にいるサラマリアの方を見やる。

 とても幸せそうな、慈愛に満ちた表情をしていた。


 その表情を見た己も、幸福を感じている。


(ああ、やはり貴女のことが……)


 そして、大盛況のうちに演奏会は幕を閉じたのだった。

 

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