第27話 馬車の中から


「フィナ、準備はできた?忘れ物はない?」


「うん!大丈夫だよ!というかサラ姉さん、これで五回目だよ……」


 心配なものはしょうがない、とサラマリアは思う。なんせ、フィナにとっては数年ぶりの遠出なのだ。気が気ではなかった。


「はは、サラマリアが心配になるのもわかるさ。今回は長旅だからね」


 そう、ノーゼント伯爵家を訪問するため、帝都を出発する日がやってきた。今回、フィナが同行するということで、馬車でのゆったりとした行程が組まれている。


 殿下の優しさに感謝だ。


「セルフィン殿下、ご迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくお願いします!」


「ああ、もちろんだとも。ふふ、その挨拶も三度目だね」


 和気藹々と準備を整え、帝都を出発した。



……



「うわぁ〜すごいね〜」


 目を輝かせて、馬車から外の風景をフィナが眺めている。久々の外の景色が新鮮で、興奮しているのだろう。


「あー、なんかこう、いろいろと描きたくなってくるね!サラ姉さん!」


「ん?うん、そうだね?」


 描きたくなるものなのだろうか?

 まあ、風景に刺激を受けてその絵を描きたいと思うこともあるのだろうか。サラマリアは絵を描かないのでわからなかったが。


「あれだよねぇ、未知の生物から恋人を守る船大工の絵とか描きたくなってくるよねぇ!」


 全然わからなかった。

 この田園風景からなぜそんな発想になるのか?そもそも船大工なんて見たこともないだろうに。


 フィナがサラマリアの方を向き、とびきりの笑顔を見せる。

 


「ほんっとに、楽しいねぇ〜」

 


(この笑顔が見れただけで、満足ね)


 言っていることはわからなかったが。

 

 それにしても、この旅に同行することを許してくれた殿下には感謝だ。おそらく、この長旅のために様々な調整をしてくれたのだろう。今も、後ろの席で書類仕事をしているくらいだ。


「あ、見て!大きい鳥が飛んでる!」


「ほんとねぇ」


「閃いた!なんか曲の構想が降りてきたよ!題名は〔難破船〕!」


 ……船が、好きなのだろうか。



***



 わいわいと楽しそうにお喋りする姉妹の声を聞きながら、セルフィンは書類仕事を片付けていた。


(ああ、あんなにもサラマリアが楽しそうに)


 フィナフラ嬢の同行を提案してくれたヘルマ夫人に感謝だ。この幸福な時間が続けばいいと切に思う。



「そういえば、サラ姉さんもスルトザ兄様の結婚式に出られるんだよね?」


「そうなの!殿下が許可してくれてね?」


 話題はスルトザ殿の結婚式に移ったようだ。それにしても、思いつきとはいえ急に参加を決めてしまって申し訳なかった。皇族が参加するとなると警備や座席の変更など調整が必要なことに後から気づいたのだ。


 スルトザ殿には、盛大にお祝いを贈るとしよう。


「楽しみだねぇ、結婚式!サラ姉さんはナリアさんに会ったことはないよね?」


「そうねぇ、集会には参加できてないからね。どんな人だったの?」


 ああ、集会に参加できていないのは己のせいだ。サラマリアは責任感が強く休みを取ろうとしない。一日くらいは問題ないと思うのだが……。


「なんだか、思ってたよりもおっとりした感じの優しい人だったよ!アカデミーの次席で、スルトザ兄様と競い合ってたって聞いたから、もっとキリッとした人かと思ってた」


「そうなのねぇ。でも、優しそうな人でよかったわね」


 ナリアという名前には聞き覚えがあった。

 確か、南部の子爵家の娘だったか?幼い頃から勉学に秀でている才媛だとか。スルトザ殿とはお似合いだろう。

 


「やっぱり結婚ってすごいよねぇ〜。サラ姉さんは、こんな人と結婚したいとかあるの?」

 


 !?

 危ない、仕事の手が止まるところだった。これは本当に重要な情報だ。絶対に聞き漏らしてはならない。しかし、こちらが聞き耳を立てていることに気づかれてもいけない。


「んー、そうねぇ。今まであんまり考えたことはなかったけど……」


「……あ、ごめんなさい」


 確かにフィナフラ嬢のことがあって考える暇もなかっただろう。だが、今ならなにかあるはずだ。フィナフラ嬢も罪悪感があるかもしれないが、そこで引いてはいけない。


「ううん、フィナのせいとかじゃないのよ?でも、私も改めてそんな年齢になったんだなーと思って」


 ああ、気になる。

 書類をめくる音すら立てたくない。サラマリアが相手に求める条件とはなんだ?不可能なことでなければ、合わせることは可能だ。

 


 

「うーん私はやっぱり、家族を大切にしてくれる人がいいかなぁ」



 

(……終わった、か?)


 家族を大切にする。

 いや、わかる。サラマリアの言いたいことはわかるのだ。サラマリアの家族を見ていればわかる。ああいった家庭が理想なのだろう。

 

 だが、己が今さら家族を大切にすることなど……。


 

 

「なんというか、父様と義母様みたいに仲良くて、子供とかがもしできたら好きなことを思い切りやらせて、時折みんなで集まって楽しくお喋りできるような、そんな家族になってくれる人がいいなぁと思うよ」



 


(……それなら、まだいけるか?)


 現在の家族仲に言及はなかったはずだ。

 サラマリアのことは大切にするし、もし子供ができたとしたら溺愛する自信がある。これまでの皇族はいがみ合うことが多かったようだが、そんなものは己がどうにかしてみせる。


(ああ、よかった……)


 一時は絶望しかけたが、まだ希望は残っていた。己が皇帝になれば、どうとでもなるはず。サラマリアに気持ちを伝えることは、まだできないが。


「そう言うフィナはどうなの?」


「うーん、ボクもまだよくわからないけど、一緒に絵とか描ける人がいいのかなぁ。でも、描けなくても一緒に楽しんでくれたらそれでいい気もするし……」


 どうやらサラマリアの話は終わったようだ。ここ最近で一番集中していた気がする。そして、一番感情が揺れ動いた気もする。


 


「……サラ姉さん、セルフィン殿下はどんな風に思ってるのかな?」


 おっと、これはかなり危険な流れだ。

 仕事に集中しなければ。


「こらこら、殿下は仕事中なんだから邪魔しちゃダメだよ?」


「……そうだよねぇ。でも、気にならない?」


「……そりゃあ、ちょっと気になるけど」


 全然気にならないと言われたら泣いていたかもしれない。


「でも、ダメよ。殿下は本当にいろいろ調整してくれて、フィナを同行させてくれてるんだから。邪魔しちゃダメ」


「はぁ〜い」


 危ないところだった。

 まさか、理想は貴女ですと言うわけにもいくまい。


「殿下、そろそろ一度休憩にしようかと思いますが」


 ちょうどいいところでカラバ隊長から声がかかった。


「うん?もうそんなに移動したかな。どうやらかなり集中していたようだ」


 なんだか白々しい感じになってしまった気がする。


「では、休憩としようか。サラマリア、フィナフラ嬢、一度外に出よう」


「「はい!」」


 なんとか誤魔化せたと思う。

 だが、まだ旅は始まったばかりだ。

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