第26話 閑話Ⅲ


 ある日のこと。


 サラマリアは緊張の面持ちで、仕事をするセルフィン第一皇子を見つめていた。


(今日こそ、今日こそ言わなければ……!!)


 専属護衛の身としては言い出しにくく、数日の間躊躇っていた。だが、どうしても言わなければならないことがある。


「で、殿下、その、少しよろしいでしょうか?」


 仕事がひと段落したところを見計らって、声をかける。


「うん?どうしたんだいサラマリア」


 もう、後戻りはできない。


「その、ですね、実はお願いがございまして」


「お願い?珍しいね、言ってごらん」


 殿下が優しく聞いてくれている。

 言うしかない。

 


「スルトザ兄様の、結婚式に出たいのです!!」




(あああ、言ってしまった……)


 だが、スルトザ兄様の晴れ姿を見たい気持ちが抑えられなかった。専属護衛として、駄目だとわかっているのに……。


「あ、あの、少しで、少しの時間でいいんです!」


「ん?ああ、いいんじゃないかな?」


 ものすごく軽い調子で答えられた。


「……え?よ、よろしいんですか?」


「え?むしろ、なにが駄目なんだい?そりゃあお兄様の結婚式は出たいだろう」


「いえ、その、護衛が……」


 そう言うと、殿下が納得した顔になった。


「ああ、なるほどそこを気にしていたのか。式は帝都で挙げるんだろう?数時間くらいは問題ないさ」


「あ、ありがとうございます!!」


(良かった!殿下が優しくて良かった!)


「いや、これはむしろ……。うん、そうだな」


 殿下が何やら呟いている。

 ……やっぱり駄目なんだろうか?


「サラマリア!その結婚式、私も出るとしよう!」


 そう言い切った殿下の目は、なぜか活き活きとしていた。



――――――


 

「スルトザ兄様、お仕事中に本当にごめんなさい。お伝えしたいことがあって……」


 スルトザが仕事をしていると、珍しくサラマリアが訪ねてきた。


(深刻そうな顔をしているが、何かあったか?)

 

「ふむ、今は仕事中なのだが……。まあいい、どうしたサラマリア?」


 妹の珍しい訪問に、仕事の手を止める。

 すると、周辺がざわめき出した。


『あのスルトザが仕事を中断した……!?』

『あの仕事の鬼が……??』

『あんな優しげな声初めて聞いたぞ!!』


「……ここは、少々騒がしいようだな。場所を移そう」

 

「すみません……」


 同僚たちが好奇心に満ちた目で見てきたため、場所を移すことにする。わざわざ訪ねてきたほどだ、他に聞かせたくない話かもしれない。


「それで、どうかしたのか?」


「その、結婚式の話なんですが……」


 それほど深刻な話ではないのかもしれない。殿下の護衛で参加できなくなったといったところだろうか。


「参加したい旨をセルフィン殿下にお伝えしたところ、なぜか殿下も参加するという話になりまして……」


「……ふむ」


 表情には出ていないが、内心ではかなり驚いている。皇族の者がマンノーラン家の結婚式に出席する……?


「あの、その、ご迷惑であれば参加はしませんので……!!ごめんなさい私が我儘言ったばかりに」


 サラマリアが恐縮してしまっている。

 

(それにしても、我儘、か)


「承知した。殿下には、簡素な式で申し訳ないが、歓迎するとお伝えしてくれるか」


「……え?よろしいんですか?」


「ああ、構わないよ」


「やったぁ……!!」


 サラマリアの喜ぶ顔が見られて嬉しくなる。


 あの、我儘なんて言わず、家族のために尽くしてくれた妹の頼みだ。それに、その頼みは自分の結婚式に参加したいという可愛いもの。断るなんてことはありえない。


 皇族が参加するということで警備体制を見直さなくてはならないが、そんなことは些細なことだ。それに、確執のあった皇室とマンノーランをサラマリアが取り持ってくれていると考えれば、意義のあるものとなる。


「ありがとうございます兄様!私が集会に行けなくてお会いできていませんが、婚約者のナリア様にもよろしくお伝えください!」


 ではまた! と言って護衛に戻っていく妹を見つめる。その元気な姿に、思わず微笑みが漏れる。


(本当に、良かった……)


 温かな気持ちで、スルトザは仕事に戻るのだった。

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