第25話 東部にて③
「急な訪問をお許しください。書状にてお伝えしておりますが、ゴルテラン殿のお力をお借りしたく」
バルハーダ公爵邸にて、サラマリアたちは当主との面会に臨んでいた。
ゴルテラン・バルハーダ。
現バルハーダ公爵家の当主であり、皇族の血を引く者でもある。先代皇帝の弟の家系であったはずだ。
「おやおやぁ?どうしたんだい、そんなに畏ってぇ。ボクとキミとの仲じゃないかぁ」
曲者、と殿下は表現していたが。
「あぁあぁ、そんな怖い顔をしないでくれよぉ。用件はわかっているさぁ。もうすでに準備は整っているよぉ」
動きが早い。
書状が届いてから、それほど経ってはいないはずだ。
「迅速に対応いただき、感謝します」
「うぅん、かたいねぇ。まぁ、そこはもぉいいかぁ」
陽気な雰囲気が変わり、真剣なものとなる。
「実はねぇ、ボクも別件でザクレスト家については調査してたんだよねぇ。なかなか尻尾を掴めなかったけど、殿下のおかげでやぁっと動けるよぉ」
「そうなのですか?」
「そうそーう、だからむしろ感謝するのはボクの方だねぇ。そして、東部の貴族がこんなことをして申し訳ない」
そこで、サラマリアの方に目が向けられる。
なんだろうか。
「キミは、マンノーラン伯爵家の娘だよねぇ?シュトロエム殿に、ゴルテランがとぉっても謝ってたって伝えてくれると嬉しいなぁ」
父様の知り合いだったか。
いや、この場合はマンノーラン伯爵家の当主に向けて、という意味か。
「承知しました。当主に伝えておきます」
「うぅん、キミもかたいねぇ。……だけど、面白いなぁ」
ゴルテラン殿が、殿下とサラマリアを交互に見ている。
「皇室とマンノーランが共にいるとは。ふふふ、噂には聞いていたが、楽しくなってきたねぇ」
随分と愉快そうに笑っている。
「くふふ、あぁ、そんなに警戒しないで。ボクはキミの敵ではないよ?味方かどうかはわからないけどね?」
この曖昧で人を食ったような物言い。
たしかに、曲者だ。
「強行軍で疲れただろぅ?出発まで、ゆっくりしていくといいよぉ」
疲れていることは確かだ。
ここは、言葉通りに受け取って、身体を休めるとしよう。
***
(やはり、ゴルテラン殿との会話は疲れる)
案内してもらった客間のソファに座り、セルフィンは一息ついていた。
この数日はいろいろありすぎた。
まだ、最後の詰めが残っているが、己の出る幕はあまり残っていないだろう。……事後処理には、追われることになるだろうが。
サラマリアの方を見ると、目を閉じて身体を休めている。護衛として立っていますと言っていたが、間違いなく最も疲れているのはサラマリアなので、説得して座らせた。
危険なことをさせてしまって、申し訳なさが募る。
(今回の事件、果たしてナイゼル単独の犯行なのだろうか)
男爵家の若き後継が、孤児院を秘密裏に脅迫し、外国と繋がる商人と渡りをつけ、国境を越えた人身売買を行う。そんなことが可能だろうか?
噂通りの傑物なのであれば、そんなこともできるかもしれないが。
まあ、捕まるのも時間の問題だろう。本人を問いただせば真相はわかるはずだ。
ゴルテラン殿が迅速に動いてくれて助かった。これでやっと、肩の荷が降りる。
(東方軍には、向かわなければならないが……)
予定日を過ぎることは確定だ。ゴルテラン殿がその辺りも調整してくれたらしいが、改めて謝罪に向かわねば。
「……殿下、誰かがこちらに来ます」
目を開けたサラマリアが告げる。そして立ち上がり、そばに立った。
誰も通さないと言っていたが、誰だ?
「お、お待ちくださいお嬢様!こちらには誰もお通しするなと、ご当主様が……」
「うるさいわね!わたくしが来たのだから通しなさい」
扉の外からそんな声が聞こえ、扉が大きく開けられた。入ってきたのは派手な女性だ。
「ご機嫌麗しゅう、セルフィン殿下。我が公爵邸にお越しになられたと聞き、ご挨拶せねばと思いまして」
(……ああ、こちらもゴルテラン殿とは違う意味で苦手だ)
「お久しぶりですね、アリアナ様。お元気そうでなによりです」
ゴルテラン殿の長女アリアナ。
己の婚約者になるかもしれなかった女性だ。
「まあ、つれないですわねぇ。殿下とわたくしの仲じゃありませんか」
この物言いはゴルテラン殿を彷彿とさせるが、性質は全く異なる。
「今回の件もご活躍だったそうですわねぇ?早くわたくしと釣り合うような男になってくださいな?」
悪寒が走る。
なんというか、今までは受け流してこれたが、サラマリアの前でそのようなことを言うのは本当にやめてほしい。
そもそも、婚約の話を白紙に戻したのはアリアナの方だ。それで良かったと心底思っているが。
「あら?お疲れのようですわね?では、またいずれお会いしましょう」
ご機嫌よう、と言って去っていくアリアナ。
どっと疲れが押し寄せてくる。
(何をしにきたんだ?本当に挨拶だけ……?)
「その、嵐のような方でしたね」
サラマリアが同情するように声をかけてくれたが、頷くことしかできなかった。
しばらくして、出発の時間がやってきた。
疲れは取れていないが、あと一踏ん張りといったところ。気を引き締めて取り掛かろう。
……
公爵領の兵と共に、ザクレスト領に向かう。正確な兵の数は知らされていないが、男爵領では抵抗する気も失せるだろう。
物々しい雰囲気で行軍し、ついにザクレスト領にたどり着いた。先ぶれの使者を出しているため、もはや逃げ場はないと悟っているはずだ。すぐに降伏するだろう。
待つこと暫し。
後方で待機していたが、どうにも様子がおかしい。
(……? なんだか、騒々しくなったな)
どうにも落ち着きがない。
疑問に思っていると、ゴルテラン殿が直接こちらにやってきた。
「セルフィン殿下、悪い知らせだねぇ……。どうにも、ナイゼルが自害したらしい」
「なっ……」
こうして、一連の騒動は幕を閉じた。
罪人は捕まらず、真相もわからず、後味の悪い結果を残して。
◆◆◆
東部で起きた騒動の顛末を報告する。
今回の主犯とみなされるザクレスト領主ナイゼルは、調査の結果、服毒による自害と判断された。
ナイゼルの遺体のそばには遺書が残されていた。
全ては自分のみが犯した罪であり、ザクレスト家の他の者の関与は一切ないこと。そして、家族の助命を嘆願する文言が書かれていた。
ザクレスト家は取り潰しとはならなかった。
親戚筋の若者が当主に据えられ、バルハーダ公爵家当主が後見人となった。実質的な権力などなく、数年かかっても返済することが叶わないほどの制裁金が課されたため、何もすることはできないだろう。
孤児院の体制が見直された。
各領主には孤児院の警備強化が義務付けられ、人身売買に対する取り締まりがさらに厳しくなった。これにより、孤児を狙った犯罪が減るものと思われる。
そして、子供たちを救出し、悪を裁いた第一皇子セルフィンの名声はさらに高まることとなった。
以上
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