第24話 東部にて②


 サラマリアは気配を殺し、慎重に歩を進める。気配が動いていれば急がなければならなかったが、幸いなことに止まっているようだ。休憩中だろうか。


(子供たちを攫うなんて、絶対に許せない)


 あくまで冷静に、慎重に行動しているが、内心では激情に駆られていた。どうしてもフィナの惨状を思い出してしまう。


 ようやく気配に近づいて来た。人違いの可能性もあるため、まずは様子を見る。


 どうやら休憩中で、小声だが会話もしているようだ。近くまで来てはっきりしたが、大人と思われる気配は四人。


「あー、今から山越えかよしんどいねぇ。もうちょっと楽な道はないもんか」

「いやいや、これでも楽な方だろうよ。そんなことより、これが終わりゃあまとまった金が手に入るんだ。楽しいことでも考えようぜ」


「おらおら、無駄口叩いてないでをちゃんと見張っとけ。起きて暴れられても面倒くせぇからな」


 

 絶対に許さない。



――――――



(わっはっは!笑いが止まらんなこれは!)


 奴隷商の男は今回の商売で得られる利益を計算し、悦に浸っていた。荷馬車の御者台に座り、今回の商いを思い返す。


(帝国産の奴隷は高値がつくからなぁ。こんなに美味い商売などそうそうあるまい)


 帝国の、特に子供の奴隷は高値で取引されている。抵抗が低いだのなんだの聞いたことはあるが、奴隷商の男にとってはどうでもよかった。


 この国で商売の手引きをしてくれている貴族はその価値を知らない。驚くほどの安値で買取ができているのだから、笑うしかない。無知は罪だ。


 今回、皇族が東部に来る話を聞いて焦ったが、取引を急いだおかげで問題なく終われそうだ。あとは国境を越えるのみ。


 護衛に雇った傭兵崩れどもも馬鹿だが腕は立つ。特にリーダー格の大男はかなりの強さだ。


 ……ふと、やけに静かなことに気づく。

 先ほどまで、護衛どもが喋っている声が聞こえていたはずだが。


「おい!ギュレイ!いるのか?」


 御者台を降り、リーダー格の大男に声をかける。だが、返事は返ってこなかった。


「おい!一体何が……」


 さらに声を上げようとしたところ、首が締まる。


(な、にが……)


「ふぅ、これで終わりですか。生かして捕らえるのは中々骨が折れますね」


 意識が途切れる前、微かにそんな声を聞いた気がした。



――――――



(さて、殿下を待ちますか)


 奴隷商と護衛の一人を捕縛し、寝かせてある。子供たちの無事を確認できたので、安堵した。どうやら眠らせているようだが、害があるわけではなさそうなので、そっとしておいた。


(怖い思いを、させたくないからね)


 今、目を覚ましても恐怖するだけだろう。できれば何事もなく返してあげたい。


 あとは、殿下がなんとかしてくれるはず。


 そう考えていると、殿下の気配が近くまで来ていることに気づいた。迎えに行こう。



***



「殿下、無事に任務を終えました」


 少し移動し、サラマリアの報告を待っていると、いきなり側で声がした。……心臓に悪い。


「あ、ああ、サラマリアか驚いた。上手くいったんだね?」


「あ、申し訳ありません。気配を隠したままでした」


 そういって、いつもの状態に戻る。

 ……すごいな。目の前にいるのに存在感がまるで違う。


「これは、たまげたもんですなぁ……」


 カラバ隊長が驚いて素の口調に戻っている。

 他の兵士たちは言葉もないようだ。


「子供たちは無事です。あと、奴隷商と思われる男とその護衛らしき者を一人捕えてあります」


「流石だサラマリア。よくやってくれた」


 仕事が早い。

 サラマリアがいなければ、どうなっていたことか。そもそも、ハリのことを見つけられていなかったかもしれないのだ。


「ご案内します。ついてきてください」


 サラマリアに言われ、後をついていく。

 ここからは、己の仕事だ。


 

……


 

 奴隷商の男は、抵抗もなくあっさりと白状した。もうどうしようもないと悟ったのだろう。護衛の方も大人しくしている。時折、何もない方を見てびくついているくらいだ。


「なんで、なんで、こんなことに……」


 奴隷商がブツブツ呟いているが知ったことではない。


 手引きをしていた貴族も判明した。

 ザクレスト家を若くして継いだナイゼルという男。そう、生誕祭で目をつけていた一人だ。財政難を立て直したと聞いていたが、まさかこんな悪事に手を染めていたとは。


 証拠も十分なため、徹底的に潰す。

 

(サラマリアのおかげだな……)


 もちろんハリの貢献も大きい。ただ、サラマリアがいなければ捕らえることは難しかっただろう。子供たちも救われ、元凶も処罰できる。今回の働きは賞賛されるべきものだ。


 ナイゼルの連行については、東部をまとめ上げているバルハーダ公爵家に頼ることにした。流石にこの人数で直接向かうことはできない。護衛の兵士に書状を持たせ、先行してもらった。我々も向かわなくてはならない。


 だが、その前に。


「殿下、子供たちですが、どうしましょうか」


 サラマリアが心配そうにしている。

 そう、子供たちを返さなければならない。だが、問題もあった。


「孤児院の院長は、このことを知っていたのかな?」


 院長は顔見知りだ。かつて訪問した際に言葉を交わしている。こんなことな加担するような人物とは思えなかったが……。


「どのみち、孤児院には一度寄らなければならないからね。直接確かめよう」


 

――――――



「こ、これは殿下!どうされましたか……」


 どこかやつれた様子の院長と対面する。


 休憩を挟みつつ孤児院まで辿り着いた。子供たちが道中で目を覚ましたが、サラマリアが相手をしてくれて助かった。己と厳つい顔の兵士だけでは、どうしようもなかっただろう。サラマリアには感謝してもしきれない。


「院長、お聞きしたいことが……」


「いんちょー!ただいまー!」


 話を遮って、子供たちが院長に抱きついていった。子供たちを見て、院長は呆然としている。


「まさか……そんな……」


「……どういうことか、説明してもらえますか?」

 

 問いかけると、院長は涙を流し、


「申し訳、申し訳ありません、殿下……!!子供たちを、ひ、人質にとられ、私には、どうしようもなく……!」


 申し訳ありません申し訳ありません、と謝罪の言葉を繰り返す。調査は後ほど行うが、やはり院長は脅されていたようだ。


 外道に対して、さらに怒りが湧く。


「……院長、私の方こそすまなかった。私がもっと気にかけていれば防げたはず……」


 己のせいで危険に晒されるのではないかと遠ざけていた結果がこれとは。己に対しても怒りが湧いてくる。


「いえ、いえ、そのようなことは……!わ、私がもっとしっかりしていればこんな……」


「いんちょー、どうしたのー?泣かないでー」


 子供たちが心配そうにしている。

 ここで話すのも問題があるか。


「院長、急ですみませんが同行してもらいます。バルハーダ公爵家を動かし、元凶を捕えます」


「……感謝します!殿下!」


 念のため兵士の一人を孤児院におき、公爵家へ向かう。当主は少々厄介な人物だが、この件に関しては動いてくれるはずだ。

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