第23話 東部にて①
(急いで、向かわなくては……!)
サラマリアは逸る気持ちを抑え、支度を整えていた。
ハリさんからの報告を受け、すぐさま殿下は動き出した。しかし、第一皇子が東部に向かうとなると正式な手続きや名目が必要となるため、数日の時間を要してしまった。これでもかなり早い方だが。
名目としては東方軍の視察ということになっている。孤児院への慰問という形が最も早かったが、警戒されてしまうと摘発が困難となるため、今回は別の名目が必要だった。
「さて、準備はいいかな。カラバ隊長、急なことで申し訳なかったが、今回もよろしく頼むよ」
「はっ、お任せください」
殿下が同行する護衛の兵士に声をかけている。北部への訪問の際にも同行したカラバ隊長の部隊だ。
今回はかなり距離があり、急いでいることもあって全員が馬での移動となる。それでも、目的の孤児院へは約十日ほどかかる長旅だ。東方軍の拠点となっているジェニワル砦まではもう少しかかる。
「さあ、それでは出発しよう」
殿下の号令のもと、出発する。
不穏な空気を感じさせる、東部へ向かって。
――――――
旅は順調だった。
東部は帝国最大の穀倉地帯であり、長閑な田園風景が広がっている。険しい道などはなく、予定通りに進んでいる。現在は行程の半分ほどだ。
「本日はこの村で一泊の予定です。明日は早朝の出発となりますので、早めにお休みください」
カラバ隊長が行程を管理してくれているため、無理なく旅ができている。本当に旅慣れているようで、頼りになる存在だ。
「カラバ隊長、伝えることがあるから少し来てくれるかな。サラマリアも来てほしい」
殿下についていく。
カラバ隊長も他の兵士の人に指示を出した後、やってきた。
「サラマリア、近くに人はいないね?」
「ええ、問題ありません」
「ありがとう。カラバ隊長、この視察には別の目的があることを説明しておきたい」
今後の予定に関わってくるため、隊長には事情を話すことにしたのだろう。
「……まあ、そうでしょうなぁ。どう考えても急すぎましたからなぁ」
他の兵士の前ではないからか、少し口調が砕けている。殿下に何度も同行しているためか、親しい間柄であるようだ。
殿下が事情を説明している。
だんだんと、カラバ隊長の表情が険しくなっていった。
「……それは、穏やかではありませんなぁ。思っていたよりも深刻な事態のようだ」
「事態の調査、解決のため孤児院の近くでしばらく滞在することになるかもしれない。負担をかけてすまないが、対応してほしい」
「もちろんお任せを。他の者へも上手く説明しておきましょう」
「ありがとう。いつも助かっている」
話を終え、カラバ隊長が戻っていった。
「サラマリア、君には話しておくが、この件の裏には皇妃が絡んでいる可能性もある。十分に注意してほしい」
「それは……わかりました」
その場合、この事件そのものが殿下を誘き寄せる罠である可能性もある。襲撃があるものと想定し、殿下の側を離れないようにしよう。
「では、私たちも戻ろうか。早めに休むとしよう」
***
セルフィンは部屋で一人、今回の件について思考を巡らせる。
(今回の件、罠の可能性は低いと思うが…)
ハリからもたらされた情報だ。時間はなかったが、できる限りの裏付けもとった。あとは現地に赴き、調査するしかない。何もなければ、それが一番いい。
ただ、罠の可能性を完全に排除するのは愚かだ。警戒するに越したことはないだろう。
腑に落ちないことがいくつもある。人身売買が実際に行われていた場合、複数の貴族家が絡んでいなければ隠蔽などできないはず。だが、そんなことをするだろうか?
ハリの話を聞く限り、売り先は外国だ。ただの商人だけで、そんな大それたことはできないだろう。
(今考えても、仕方がないが……)
ハリが詳しい情報を得ていることを期待しよう。己が近づけば、警戒されてしまうのは間違いない。
とりあえず、今日はもう休むとしよう。
――――――
その後も旅は何事もなく、孤児院がある町にほど近い村に着くことができた。ここからは時間との勝負だ。
すぐさまハリとの合流地点へと向かう。だが、そこにハリの姿はなかった。
「……殿下!おそらくあちらの方に!」
サラマリアが示したのは近くの雑木林の方角だった。あんなところにハリが?
急いで雑木林に向かう。
どうにも嫌な予感がする。
たどり着くとそこには、
「……で、殿下。まさか、見つけてくれるとは……」
脚から血を流し、動けずにいるハリの姿があった。
「何があった!? いや、そんなことよりも治療だ!」
「待って、殿下。動けないけど、そこまでの傷じゃないんだ。それよりも伝えたいことが」
元気はなさそうだが、思ったよりもはっきりとした口調で言われ、冷静になる。話を聞き、すぐに治療させよう。
「……わかった、何があったんだ?」
「孤児院の周辺を調査してたんですけど……」
ハリはこちらに到着するとすぐに調査を開始した。周辺の聞き込みや、怪しい商人の出入りはないか、金銭の流れなど、できるだけの情報をかき集めていたらしい。
調べた限り、孤児院が困窮しているということはなかったそうだが。
そして、調査と並行して孤児院の張り込みもしてくれていたようだ。連日の監視の末、ついに昨日の真夜中に動きがあった。しかし、逆に相手に見つかってしまい、傷を負いながらもどうにか逃げ延びてきたそうだ。
「アタシのせいで探ってるのが勘付かれちまった。急がないと!殿下、お願いします!あの子達をどうか……!」
「ああ、もちろんだ。だが、追いつけるか……」
すでにかなりの時間が経っている。それに、向かう場所すらわからないのでは……。
「隣国に抜ける怪しい場所は検討がついてる!おそらくザクレスト領に向かってるはずなんだ!」
ザクレスト領はそれほど大きな領地ではなかったはずだが、確かに所有する山が隣国との国境であったか。……それにしてもザクレスト領か。
「わかった、すぐに向かおう」
確証はないが、他に情報もない。急がなければ国境を越えてしまう。話を聞く限り、五人ほどの子供が連れ出されたようだ。ならば、それほど速度は出ないはず。
すぐさま行動を開始する。まずはハリを村まで運び、治療を受けさせた。小さな村のため医者などはいなかったが、ハリ自身の言うとおりそれほど酷い怪我ではなく、応急処置はできた。
その後、カラバ隊長たちに事情を説明。急いで準備を整え、村を出発した。
(頼む、間に合ってくれ……!)
祈りながら馬で駆ける。後を考えずに飛ばせば夜には国境付近まで辿り着くはずだ。
……
そして、なんとか想定通りに国境付近まで辿り着いた。あとは、どこにいるかを探るだけだが。
「殿下、あちらの方に何人かの気配があります」
間に合ったか……!!
流石はサラマリアだ。こんなに簡単に見つけることなど普通はできない。
「私が先行しましょう。殿下は危険ですのでカラバ隊長と共に。子供たちの救出優先で構いませんね?」
「……ああ、すまないが頼む。危険だと思ったらすぐに引いてくれ」
本当はこんなことをサラマリアにしてほしくはない。しかし、事は刻一刻を争う。そして、自分たちがいては、サラマリアの足を引っ張ってしまうこともわかっている。
「ええ、お任せください」
頼もしい言葉と共に、サラマリアは夜の闇に溶け込んでいった。
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