第22話 冬を越えて


 冬が終わりを告げ、春が顔を覗かせる。

 幾分過ごしやすくなった気候に、サラマリアの足取りは軽かった。


 冬の間は遠出もなく、公務と訓練という何事もない日々を過ごしていた。


(今日は久々の市場視察の日だから気合いを入れないと)


 市場視察といっても、お忍びである。

 殿下は時折、身分を隠して変装し、帝都の様子を見に行くということをしていた。サラマリアが着任してからも、一度視察をしている。


(危険だから、本当は止めるべきなんだろうけど……)


『民のためにと言いながら、民のことを知らないなんて滑稽でしかないよね』


 殿下にそんな風に言われては、サラに返す言葉はなかった。危険を寄せ付けぬよう、全力でお守りするだけだ。


「殿下、準備はよろしいですか?」


「ああ、構わないよ」


 返事を聞き、執務室の扉を開ける。


 

 そこには、儚い少女の姿になった殿下がいた。

 


 変装というよりは、変身といった方が正しいかもしれない。毎回見る度に驚かされる。


「前回はご老人のような姿でしたが、今回は少女とは……。本当にその腕輪の力は意味がわかりませんね」


「まったくその通りだね。まさか女性の姿になってしまうとは……。この腕輪は変装する姿が毎回違うのが長所でもあり短所でもあるね」


 自分の姿を見ながら、殿下は苦笑している。

 腕には、変化の腕輪と呼ばれている古代魔法道具アーティファクトを装着している。


 古代魔法道具アーティファクトは、古の魔法文明期の遺物で、現代では再現できない高度な能力を有している大変希少な物のだとか。現存する古代魔法道具アーティファクトは全てが一点ものであり、同じ物は存在しないらしく、中には国宝とされている物もあるらしい。


 なぜ殿下がそんな物を所有しているのかは教えてもらえなかった。なんでも、口外しないことを約束して譲ってもらったのだとか。


 帝国で見ることはまずないが、魔法という不可思議な現象を操る魔法師と呼ばれる者たちが存在する。魔法師に知り合いでもいるのだろうか? 別の大陸には、魔法が盛んな国もあるらしい。魔法といえばお祖母様を思い出すが、今どこにいるのだろう。

 

「さあ、この腕輪の効果も長くはもたないしそろそろ行こうか。打ち合わせ通り、東門の辺りで待ち合わせしよう」


 少女の姿の殿下が微笑む。

 どうしよう、殿下がとってもかわいい。


(これは、逆に危険度が増したかもしれない)


 気を引き締めて、護衛をしよう。


 

――――――


 

 帝都は今日も活気に満ちており、人々の表情は明るい。このために、殿下は日々公務に励んでいるのだろう。


(はぐれないようにしなくちゃ)


 少女姿の殿下と並んで歩いている。ちなみに、サラも一応変装はしていた。髪を隠すように帽子を被り、違和感のない服装に着替えただけだが。


「マリー姉さん、あっちに行ってみよう」


「ああ、待ってフィーネ。一緒に行きましょう」


 念の為、偽名も使っている。サラマリアがマリーで、殿下はフィーネだ。今回は姉妹という設定にしている。


(殿下、楽しそうだなぁ)


 市場視察の時は、いつもより活き活きしているように見える。最近は仕事漬けだったから、息抜きにはちょうど良かったのかもしれない。


 そんなこんなで一通り視察し終わった後、中心から少し外れた路地裏の方に向かっている。なんでも、今回は別の用事もあるらしい。


 人通りが少なくなってきており、警戒を強める。遠目からこちらの様子を伺うような気配も感じている。


「……フィーネ、ほんとにこっちで合ってるの?」


 不安になってきたので、殿下に尋ねる。


「うん?ああ、こっちで間違いないよ!」


 断言する殿下の歩みは迷いがない。何度か来たことがあるとは言っていたが……。


 どんどん進み、一軒の廃屋のような場所に入っていく。こんなところに何の用事だろう?


 建物の中から一人の気配を感じるが、目的の人物だろうか。その気配がいる場所とは異なる部屋に入り、殿下が止まる。


「あれ?ここで落ち合うはずだったんだけど……」


 殿下がそう呟くと同時、気配が急接近してきた。


(敵だったの……!?)


 咄嗟にその襲撃者をいなし、取り押さえる。首に短剣を突きつけ、増援がいないか警戒を強め……

 



「ちょっ、ごめんなさい!悪かった!殿下、この人止めてくださぁい!!」




 襲撃者は情けない声をあげて殿下に助けを求めた。殿下を見ると、頭を押さえている。


「……はぁ、何をしているんだ、ハリ」


 それは、以前聞いた殿下の味方の名前だった。



***



「ほんっっっとごめんなさい!殿下が専属護衛をつけたっていうから、どんなもんかと試してみたくなっちゃって!」


 セルフィンは目の前で土下座する女性、ハリを呆れて見ていた。サラマリアも困惑している。


「ああ、もう、わかったから顔を上げろ。いや、良くはないんだが話が進まない……」


「ではお言葉に甘えて……って、これ殿下ですか!?美少女になっちゃってるじゃないですか!!」


 会うなり騒々しい。

 なんでこんなにやかましいのか。


「す、すごい……!!殿下が可愛い!……あの、撫でてもいいですか?」


「やめろ。触るんじゃない」


 本当に話が進まない。

 さっさと紹介してしまおう。


「サラマリア、すまなかった。この騒々しい女性が、以前説明した、私の味方の一人ハリだ。各地の情報を集め、報告してもらっている」


「あ、ああ……この方が」


「ハリです!サラマリアさんどうぞよろしく!いやぁ、気配隠すのは自身あったけど、完全にバレてましたよねぇ今の!!すごいや!」


「え、ええと、ありがとうございます?」


 サラマリアが珍しく押されている。


「ハリ、知っていると思うが、こちらが専属護衛についてくれたサラマリアだ。身をもって体感しただろうが、とても優秀な護衛だよ」


「ほんとにそうっすね!びっくり!」


「い、いえ、私はそんな……」


 サラマリアが照れている。

 なんだか新鮮でとても良いな。


「さて、ハリ。いつもは書面で報告してもらっていたが、わざわざ呼び出したのには理由があるんだろう?」


 そもそもハリが帝都に戻ることが稀だ。


「あー、そうなんすよね。サラマリアさんを見てみたかったのもあるんですが」


 ここまで気の抜けた表情をしていたが、真剣な表情となった。


「殿下、東部の孤児院で、人身売買が行われている可能性があります」


「なんだと……?」


 予想だにしなかった報告に絶句する。


 帝国では人身売買は違法だ。かなり厳しく取り締まっているはずだが、どうやって。


 しかも、孤児院だと……?


「まだ主犯の特定まではできていませんが、これ以上被害が拡大する前にお知らせすべきと思い駆けつけました」


「……ああ、よく知らせてくれた」


 その後、より詳細な情報をハリから聞く。


 絶対に許すことなどできない。


「サラマリア、戻ってすぐに出立の準備を。ハリは先行して情報を集めておいてくれ」


「「はい!」」


「我々はこれから、東部に向かう」

 

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